必要とされる親へのサポート
幼いころに受け続けたマルトリートメントは、脳の成長が著しい時期であるがゆえ、ことさら深刻なダメージを脳に与え、その後、長期にわたって被害者の生活を脅かしていく。幸いにして現在のところ重篤な症状には陥っているようには見えないサヤカちゃんの場合も、時間をかけた長期的な治療と支援が必要なケースだといえる。
また、親に対するケアという観点では、現在、こうしたマルトリートメント家庭の情報を、社会福祉関連の機関や市区町村の相談センターなどとも広く共有し、養育者支援へとつなげていくことが非常に重要になってきている。
必ずそうだというわけではないが、親もまた幼少時代、不適切な養育環境を必死に生きぬいてきた被害者である可能性もあるからだ。マルトリートメントの連鎖をなんとかして断ち切る必要がある。
周囲の支援者は、こうした親たちに対して、「子どもだった過去」から「親になった現在」に至るまでの経緯――つまり、被害者から加害者へと変わらざるを得なかった道筋――や、現在のこころのありようについて、深く理解していく必要がある。
親の状況も改善し、必要であれば治療を行うといった養育者支援が、結果として、子どもの健やかな成長・発達につながっていくはずだ。
子どもを守るのは、大人の仕事である
わたしは著書『子どもの脳を傷つける親たち』(NHK出版新書)のなかで、これまで長年行ってきた脳科学から子どもの発達を見つめるという研究内容を、医学書としてではなく、一般の人たちに知ってもらうために上梓した。
子どもの脳が損傷すると聞いて驚かない人はいないと思うが、そう慌てることはない。成長過程にある子どもの脳はレジリエンス(回復力)をもっているからだ。本書のなかでは、脳科学から明らかになった最新の知見に加え、その傷つきから子どもを守る方途と、健全なこころの発達に不可欠な愛着形成の重要性について著した。
マルトリートメントは、決して「特殊な人たちが」「特殊な環境で」行っている「非日常的な出来事」ではない。日常のなかにも存在し、習慣化されていることも多い。このことを子どもに接するすべての人に知ってほしい。
子どもが不必要な傷つきで、その人生を台無しにすることがないように、彼らを守るのはわたしたち大人の仕事である。
小児精神科医
1987年、熊本大学医学部医学研究科修了。医学博士。同大学大学院小児発達学分野准教授を経て、 2011年6月より福井大学子どものこころの発達研究センター教授。同大学医学部附属病院子どものこころ診療部部長兼任。2009~2011年、および2017年4月より日米科学技術協力事業「脳研究」分野グループ共同研究 日本側代表者を務める。著書に『新版 いやされない傷 児童虐待と傷ついていく脳』(診断と治療社)などがある。