「教祖」や「神様」と思ったことはない

フィロソフィに書かれていることは、とても基本的なこと。重要なのは、対応させるタイミングです。場面を誤ると、とんでもないことになる。利益を上げて、競争相手に勝ち、エクセレントカンパニーになりたい。それは間違いなく「私心」でしょう。稲盛さんは「経営は格闘技に似たり」とも仰っている。日常の経営ではこちらの言葉のほうがしっくりきます。

だから自分の都合で解釈してはダメなんです。どのタイミングで、どう考えればいいのか。これは非常に難しい。稲盛さんの話を聞くと、みんな「なんとなく」は理解します。ただ、自分の経営に生かそうとするとなかなかできない。私も、重要なタイミングで稲盛さんにご相談したときに、自分ではフィロソフィに従った判断を下したつもりでも、「そこは違うんじゃないか」といわれることがあります。問題は、その状況にあった行動をとれるかどうかなのです。

稲盛さんのやり方を「宗教みたいだ」という人がいます。解釈はそれぞれの自由ですが、少なくとも稲盛さんは「教祖」ではないでしょう。教祖は一方的に決めるだけですが、稲盛さんは私たちと議論をして判断をしています。

稲盛さんを「経営の神様」と呼ぶ人もいますが、私は一度も「神様」だと思ったことはありません。神様は、すべてが見えているから、誤りのない判断ができる。現実にはすべてを見通せる人はいません。あえて「神」という言葉を使うならば、「神に近づこうとしている人」とはいえるかもしれません。そのために自分の知らないことは何でも吸収しようとしている。ほかの人には、そこまでの真似はできません。私もそうです。

JAL再建の際に、役員の皆さんの前でお話しする機会がありましたが、私は「稲盛さんは絶対に聞いてくださるので、皆さんの考えていることをきっちりぶつけてください」と伝えました。都合のいい情報だけを聞かされれば、どんな人でも判断を間違う。もしかすると稲盛さんの「怖さ」とは、そうした中途半端な判断を見逃さない鋭さかもしれません。

(大河原克行=構成 門間新弥=撮影)
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