日本の通信事業は1985年まで国有事業だった。政府は市場競争によって通信料金を下げようと「通信自由化」を決め、電気通信事業法を発効。通信事業への新規参入が可能になった。このとき稲盛和夫氏が創業したのが「第二電電(DDI)」だ。DDIはその後、2000年に日本移動通信(IDO)と国際電信電話(KDD)との3社合併を行い、現在のKDDIとなる。小野寺正会長は、DDIの創業メンバーであり、稲盛氏に最も近い経営者の一人である。
「100年に1回」通信自由化の衝撃
KDDI会長 小野寺 正氏●1948年、宮城県生まれ。70年東北大学工学部電気工学科卒業、日本電信電話公社(現NTT)入社。85年第二電電(DDI、現KDDI)入社。89年取締役、95年常務、97年副社長。2001年社長、05年社長兼会長、10年より現職。
稲盛さんに初めてお会いしたのは、83年の秋です。私は電電公社の課長補佐。同じ電電公社の千本倖生さん(イー・アクセス創業者)から、「通信が自由化される。新会社の立ち上げを一緒にやらないか」という話をもちかけられ、京都へ行くことになりました。それまで京セラや稲盛さんについては、ほとんど知りませんでした。千本さんは、「とにかく会ってみればわかる」というだけで、何も教えてくれない。期待と不安が入り交じった気持ちでした。
稲盛さんにお会いしたとき、まず「すごくアグレッシブな人だな」と思いました。「(通信自由化は)100年に1回のチャンスだ」と仰ったのを覚えています。
ただ、通信事業を新たに始めるには様々な困難が予想されました。通信は許認可事業ですから、国から免許を取得する必要があります。また私は事業費の面から「マイクロウェーブ方式」しかないと考えており、そのためには電波免許も必要でした。免許取得には行政との折衝を繰り返さねばなりません。
ここから先は有料会員限定です。
登録すると今すぐ全文と関連記事が読めます。
(最初の7日間無料・無料期間内はいつでも解約可)
プレジデントオンライン有料会員の4つの特典
- 広告非表示で快適な閲覧
- 雑誌『プレジデント』が最新号から読み放題
- ビジネスに役立つ学びの動画が見放題
- 会員限定オンラインイベント
