小売りの店頭で行われている駆け引きとは

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マーケティングの科学化で対応できる「不確実性」とは

さて、未来はわからないとはいっても、企業が市場において直面しているのが、この2種類の不確実性にかぎられるのであれば、科学の方法で有効に対応できる。第一の不確実性についていえば、そもそもマーケターや経営者は、新たな情報やデータを入手する必要はなく、既知の生起確率の分布を踏まえて合理的な品ぞろえやポートフォリオの組み立てを考えたり、保険商品の購入を検討したりすればよい。

マーケティング・リサーチが活躍するのは、第二の不確実性に対処しようとする場合である。このタイプの不確実性については、事象が生じる確率の分布を、事前に知ることはできないが、試行を重ね、その結果についてのデータを蓄積していく――すなわちマーケティング・リサーチを繰り返す――ことによって、高い精度の予測が可能になっていく。

だがナイトの不確実性には、さらに第三の不確実性がある。それは、結果がわからず、事象が生じる確率の分布も未知であることに加えて、この分布の唯一性を揺るがぬものと仮定してよいかどうかもわからないという場合である。

サラスバシ氏は、優れた起業家には、リサーチに向かうよりも、次のような行動に目を向ける傾向があることを指摘し、これをエフェクチュエーションと呼ぶ。たとえば、先の壺から玉を取り出すくじ引きであれば、何としてでも「赤」の玉を引きたいと思うプレーヤーは、ひそかに集めてきた10個あるいは20個の赤玉を、事前に壺のなかに入れようとするかもしれない。あるいは白玉を引いてしまった後で、このプレーヤーは、くじ引きの主催者や参加者を説得して、当たりの玉は「赤」ではなく「白」だというルール変更を認めさせようとするかもしれない。

こうした起業家的なプレーヤーの振る舞いは、事象が生じる確率の分布のベースに働きかけようとするものであり、壺の中身の推定のために、試行を重ねてデータを蓄積し、予測の精度を高めていこうとする科学的な取り組みを無効化してしまう。しかし、マーケティングにおいては、このような野性的な振る舞いが不可能ではないとともに、しばしば生じる。

先の鈴木氏の著作を読むと、実はセブン-イレブンも、科学的なリサーチを高度に活用する一方で、それにとらわれない展開を見すえていることに気づく。たとえばセブン-イレブンの店舗では、陳列棚に広いフェースをとれば単品で500枚も売れる魚フライを、人気があるから売れるだろうと、陳列幅を減らすと、100枚も売れなかったりするという。これは、マーケティング・リサーチがとらえようとしている顧客の特定の心理や行動(ex.陳列棚から魚フライを買うという行動)が生じる確率の分布は、法則のように定まっているわけではなく、企業の取り組み(ex.魚フライの陳列幅の設定)しだいで、あっさりと塗りかえられてしまうことがあるということである。小売りの店頭というのは、この手の駆け引きの現場でもあるのだ。