スムーズに値上げできた業界と、いまだにデフレから抜け切れず値上げできない業界。その差はどこにあるのか。
まず注目したいのは顧客の違いだ。法人を顧客とするBtoB業界は、比較的値上げしやすい。しかしコンシューマー(一般消費者)を顧客とするBtoC業界は、簡単に値上げに踏み切れない。
その理由を説明する前に、プライシングについて押さえておきたい。商品の価格は、主に3つの観点から決められる。1つ目は顧客への価値を想像するプライシング、2つ目は競合との比較で決めるコンペティティブ・プライシング、3つ目が自社のコストにマージンを乗せるコストプラス型のプライシングだ。
BtoB業界で値上げが比較的容易なのは、顧客もコストプラス型のプライシングについて理解しているからだ。例えば鉄鋼業界では、新日鉄住金が自動車業界と「ハイテン」(自動車用高強度鋼板)の値上げ交渉を続けて、昨年実を結んだ。ハイテンがどのようなコスト構造になっていて、原料費が膨らめば価格に転嫁せざるをえない事情を自動車メーカーもわかっていたからだ。同情で値上げを認めたわけではない。値上げを拒否し続けてサプライヤーが潰れてしまったら、メーカーも困る。合理的な判断のもと、値上げを容認したのである。
ところがBtoC業界では同じ理屈が通じない。コンシューマーはわがままで、感情で判断する。企業が「コスト的に限界」と訴えても、「それはそっちの都合。少しでも安いところから買う」と突き放されてしまう。その結果、企業はコストを無視して、競合を意識したコンペティティブなプライシングに傾いていく。我慢比べで値上げどころではないだろう。
この点で興味深いのは、BtoBtoCの中間にいる流通業界だ。低価格路線に限界を感じてプレミアムPB商品の開発に乗り出したところもある。セブン-イレブンの「セブンプレミアム」は、その代表。例えば「金のハンバーグ」は268円で、一般的なレトルトハンバーグの倍近い価格だ。一方、今も「コンシューマーに安く提供することが自分たちの存在意義だ」という食品スーパーの多くは、利益を下げている。
もう一つ、相対的シェアが圧倒的に高い企業がある業界と、各社がどんぐりの背比べになっている業界の違いも大きい。飛びぬけたトップ企業がある業界は、トップが動くことで業界全体が動いていく。
日経新聞社が食品や日用品主要80品目の税抜き価格を調べたところ、消費税率引き上げ後、約8割の品目の価格が上がっていた。値上がり率が高かったのは、業界で圧倒的シェアを持つ企業の商品だった(図表参照)。
それに対して、各社のシェアが拮抗している業界はコンペティティブで、価格を下げる圧力が働く。例えばパソコン業界は今も価格破壊が進行中で、消耗戦が続いている。ビール業界や携帯キャリア業界は消耗戦にはなっていないが、みんなが儲かっていて調和が取れている状態なので、それを破ってまで値上げする動きはない。このようにシェアはプライシングに大きな影響を与えることを覚えておきたい。
早稲田大学法学部卒業後、スイスのIMDにてMBA取得。ネスレ日本、マッキンゼー&カンパニー、ブエナビスタを経て、ボナ・ヴィータ設立。ビジネス・ブレークスルー大学教授。著書に『値上げのためのマーケティング戦略』など。