BtoCビジネスは、値上げについて顧客の理解が得られにくい。また圧倒的シェアを持つ企業がない業界も値上げは困難だ。しかし、そういった業界でも値上げに成功した企業はある。

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成功する値上げの方程式

例としてわかりやすいのは、価格競争を長らく続けてきた牛丼業界だ。牛丼業界は圧倒的なシェアを持つリーダーが不在で、つねに他社を意識したプライシングが行われてきた。ところが昨年12月、吉野家が均衡を破った。新商品「牛すき鍋膳」を発売して、580円という牛丼の倍以上の価格をつけた(※発売時)。これがヒットして、発売月の既存店売上高は前年同月比で116%に伸びている。

強気の価格設定にもかかわらず、なぜ「牛すき鍋膳」は支持されたのか。それは、短い時間にさっとかきこむ従来のメニューと違い、あつあつの鍋をじっくり食べるスタイルに顧客が価値を感じたからだ。付加価値の勝利である。

この時期、吉野家がもう一つやっていたことがある。従来、吉野家の顧客は独身サラリーマンが中心だった。しかし、この層は食事にあまりお金を使わない。そこで店舗をきれいにして、顧客を女性や家族層まで広げた。いいお客を選べば、値上げもしやすい。吉野家は消費税率引き上げのタイミングで、牛丼並盛の税抜き価格を11円値上げしている(税込みで20円値上げ)。ちなみにすき家は逆で値下げに踏み切った。牛丼並盛は税抜きで17円の値下げ(税込みで10円値下げ)。17円の値下げを売り上げ増で賄おうとすれば、かなりの数量を売らないと利益を維持できない。これは相当に危険な賭けだ。

いい顧客を選んで、付加価値の高い商品を売る。それが値上げの難しい業界で客単価を高めるコツだ。

値上げの研究者 菅野誠二
早稲田大学法学部卒業後、スイスのIMDにてMBA取得。ネスレ日本、マッキンゼー&カンパニー、ブエナビスタを経て、ボナ・ヴィータ設立。ビジネス・ブレークスルー大学教授。著書に『値上げのためのマーケティング戦略』など。
(構成=村上 敬)
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