数年前のクリスマスイブの晩、わけあって、ひとりで過ごすはめに陥った。家で食事をするのは侘しい。かといって、高級レストランにひとりで入るのも変。どうしたものかと悩みつつ夜の街を徘徊していると、なぜか、吉野家のオレンジ色の看板が妙に魅力的に目に映った。
驚いたことに、店内はほぼ満席。当然のごとく客は男ばかり。でも、そこには不思議な連帯感のようなものが溢れていて、その晩の吉野家の情景はいまだに忘れることができないのである。
一見殺伐としているけれど、吉野家にはどこか温もりを感じさせるものがある。いったい、何がそう感じさせるのか?
今回、安部修仁社長にインタビューをしてみて、この疑問が氷解した。たとえば、カウンターと椅子。
吉野家はU字型のカウンターを使っているが、実は、このカウンターの幅、微妙に変化を遂げているのだ。かつての横幅は1345ミリだったが、現在は1800ミリに拡大されている。正面の客との間隔を広げるためだ。さらに、客同士が真正面に向き合うことがないよう、椅子の位置は微妙にずらしてあるという。
一見、無機質に見える吉野家。しかし、客に気まずい思いをさせないための配慮が随所に凝らしてあるわけだ。だから吉野家は、ちょっぴり温かい。
苛烈に効率性を追求する半面で、大胆に効率を無視する謎に満ちた企業、吉野家。いくつかの数字を手がかりに、吉野家の謎を解き明かしてみたい。
2006年、吉野家は米国産牛肉輸入禁止で停止していた牛丼の販売を再開した。並盛りが380円。停止前が280円だから、100円の値上げである。まずは、380円というプライシングについて吉野家ディー・アンド・シーの安部社長を直撃した。