あらゆる不確実性に対応できるか
とはいえ、消費者の心理や行動は絶えることなく変化していく。セブン&アイ・ホールディングス会長の鈴木敏文氏は、過去の成功体験に縛られることを「成功の復讐」と呼び、これを避けるように説く(『売る力』文春新書)。そしてそのために、セブン-イレブンでは、機を逃さず新たな仮説-検証を次々と行うべく、複線的な仕組みが導入されている。以上のセブン-イレブンのアプローチはプラグマティック(実践主義)なものであり、普遍的な再現性というよりは、その場そのときの市場の秩序を見定めようとするものであるが、科学の方法と多くを共有する組み立てとなっている。
セブン-イレブンの高収益を支えてきた仕組みには学ぶ点が多い。しかし、それがマーケティングのすべてなのであれば、水越氏が問題提起を行う余地はなかったはずである。では、マーケターや経営者にはどのような市場への挑み方が残されているのだろうか。
このもう一つの行動原理として、アメリカの起業家研究の大家、サラス・サラスバシ氏が、「エフェクチュエーション」という概念を提唱している(Effectuation, Edward Elgar)。サラスバシ氏は、「フランク・ナイトの不確実性」を引きながら、エフェクチュエーションのあり方を次のように説明する。
市場とは不確実な場である。未来の結果はわからない。だから、マーケティング・リサーチが必要となる。しかし科学的なマーケティング・リサーチが、あらゆる不確実性に有効であるかはよく考えてみる必要がある。
ナイトの第一の不確実性は、結果はわからないが、事象が生じる確率の分布は既知だという場合である(Risk, Uncertainty and Profit, Beard Books)。
これは、たとえば、壺から玉を取り出すくじ引きで、壺のなかには「当たり」の赤玉が3個、「外れ」の白玉が7個入っていることが事前にわかっているような場合である。
第二の不確実性は、結果がわからないのみならず、事象が生じる確率の分布も未知だという場合である。これは、先と同様のくじ引きではあるが、赤と白の玉がそれぞれ何個ずつ壺に入っているかがプレーヤーには事前にわからない、というような場合である。