危機の時こそ弱い立場の人のことを考える

こういうルール違反をしてまで顧客のために働く元売りの社員というのはいなかったようだ。当然、懲戒処分になってもおかしくない。ただ、私には「得意先のメリットになることをして何が悪いんだ」という気持ちが強かった。結果的には何のおとがめもなく、灯油調達を手伝った特約店は、取引を当社一本に絞ってくれた。いまでも経営陣とはツーカーの仲である。

この出来事を通じて学んだのは、危機の際ほど強い立場の人は、弱い立場の人のことを考えて行動する必要があるということだ。石油ショックのときに、ある石油元売り会社のトップが「千載一遇のチャンスだ!」とうそぶいたと聞く。そのために、石油業界は悪徳業界だと非難され、レッテルを貼られた。この世評を覆すのは時間がかかるし、大変な努力がいる。その後、私は顧客視点ということを常に心がけてきた。

この経験が、先の東日本大震災で生きた。あのとき私は会長という職責にあって災害対応の陣頭指揮に当たった。当社でも多くの石油設備がダメージを受けた。業界全般で考えれば、被災地の備蓄基地や給油所は壊滅状態だった。必要な石油製品を届けようにもタンクローリーが入っていく幹線道路も各地で寸断されている。伝えられてくる被害状況は、時々刻々と厳しさを増していくという状態だ。

そこで私は「この時点から石油供給が安定期に入るまで価格は凍結する。最初にそれをやれ!」という指示を出した。そうしないと価格が暴騰して、被災地も世間も大混乱に陥る。季節も3月、東北はまだ朝晩はめっきり冷え込む。とにかく大事なのはお年寄り、子供を含めた被災者を凍えさせないことと移動の足の確保。何より、被災者の方々は我々の顧客である。彼らに対して表せるのは、誠心誠意の対応しかない。幸い、全社一体の行動で危機を突破できた。

香藤繁常(かとう・しげや)
1947年、広島県生まれ。県立広島観音高校、中央大学法学部卒。70年シェル石油(現昭和シェル石油)入社。2001年取締役。常務、専務を経て、06年代表取締役副会長。09年会長。13年3月よりグループCEO兼務。
(岡村繁雄=構成)
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