「着たい服がない」消費者の声が市場を切り開いた
それでは、大きなサイズの服が増える以前はどんな状況だったのか。
実は1990年代初期まで、百貨店などの大きなサイズの婦人服売り場では、オケージョン服(冠婚葬祭などの行事服)を中心にサイズ的に「着られる服」が並ぶだけだった。日常的にぽっちゃりさんが着ていたのはメンズ用スポーツウエアといった「着たい服」とはほど遠い服ばかりだったらしい。
こうした環境に風穴を大きくあけたのが先のニッセンだ。02年に「サイズでお困りの方」に向けて16ページのカタログを出したところ、大ヒット。「スマイルランド」ブランド誕生のきっかけとなった。
以前、筆者がニッセンに取材した際、「外に出るのも嫌だったけれど、スマイルランドが私の毎日を楽しくしてくれた」といった熱い声がたくさん届いた、と聞いた。同じようにラ・ファーファにも熱心なラブコールが届いているそうだ。
つまり、当然のことながら、ぽっちゃりさんだっておしゃれしたかったのである。「着られる服」ではなく「着たい服」を着て街を歩きたい。そんなささやかな夢が、やっと叶い始めたのだ。「痩せてから着たい服を着ればいいじゃないか」という冷ややかな意見もあるが、ふくよかな体はおしゃれをするな、というのも不合理だろう。痩せるまでおしゃれを我慢する必要はないし、必ずしも痩せなくていい。メンズのスポーツウエアを仕方なく着ている女性よりも、着たい服を着ている女性のほうが魅力的だし、本人はもとより、周囲もそのほうがうれしいはずだ。
仕掛け人である小学館女性誌編集局のプロデューサー・嶋野智紀さんは「ぷに子」を推した理由をこう語る。
「昨今は無理をするよりナチュラルなほうがいい、と考える女性が多いと感じます。食品や服の素材についても、全体的にオーガニック志向が進んでいます。ところが、体形だけは従来のまま、モデルのように細い体を目指していた。それは不自然ではないか、と考えました。そもそも大抵の男性はちょっとぷにっとしたぐらいの女の子が好き。自然にふっくらしている程度なら、むしろ魅力的なんです」
洋服を完璧に着られるのはモデル体形だが、ぷに子特集は大半の読者の自然な体を肯定したのだ。その結果、ぷに子特集は大反響を呼んだ。そこで間髪を入れずに、13年8月にはavexと組み、「ぷに子オーディション」を実施。3500人の応募の中から10人を選出し、「チャビネス」というグループ名で始動した。アパレルや食品メーカー等とのコラボ企画もスタート。この春には楽曲デビューする。
「平均体重55キロのチャビネスは、ごく普通のかわいい女の子たちです。彼女たちが“いいね!”と思われる存在になれば、ふっくらした女の子が胸を張って歩けるようになる。マーケット的にもLサイズ市場は、一説によると300億円以上と言われていますし、見過ごせない市場です」(嶋野さん)
13年はアメリカでも印象的な出来事があったことを付記しておきたい。サイズ10(日本のL)以上のサイズを作らないカジュアルブランド「アバクロンビー&フィッチ」が「レイシストブランド」として非難を浴びたのだ。
きっかけは06年にCEOマイク・ジェフリーズ氏が、「太った人にはうちの店で買い物をしてほしくない。アバクロが求めているのは細くて美しい人だけだ」「どの学校にもクールで人気者の子はいるし、そうでない子もいる。率直なところ、うちが相手にしているのはクールな子だ。多くの人はうちのターゲットではないし、なれない。排他的かと言われればその通り」と発言したこと。ターゲット設定はブランド側の自由とはいえ、この発言は批判された。後に謝罪したが、なぜか13年に再びクローズアップされ、抗議活動が繰り広げられた。人間の多様な体を認めない姿勢こそ、いまどきクールじゃない、という流れだろうか。