※本稿は、山崎元『がんになってわかったお金と人生の本質』(朝日新聞出版)の一部を抜粋・再編集したものです。
脱毛で見慣れない顔になった日
何れも抗癌剤を投与する一度目と二度目の入院の間に本格的な脱毛が始まった。脱毛の気配を感じてから2、3日は洗髪を我慢して動画を撮りだめした。退院1週間目に、いよいよ限度だと思う日が来た。
指で髪の毛を30本くらいつまんで、ごく軽く引っ張るとそのまま抜けてくるような脱毛だった。洗髪してみると大量に、しかも「まだらに」毛が抜けた。
一度目の入院の際に、ある看護師さんが「山崎さんの治療は先ず間違いなく髪の毛が抜けるけれども、現実の脱毛は、ドラマにあるようにつるつるに綺麗に抜けるものではないのよ」と教えてくれていたので、本格的に脱毛したら坊主頭にしてしまおうと思って自分でカットができると謳う電動バリカンを家電量販店で調達していた。
洗髪の流れのまま、電動バリカンを5ミリくらいの超短髪にセットして坊主頭にした。
鏡の中に見慣れない顔が現れたが、気分はすっきりした。翌日から、「ニット帽のおじさん」(まだ「おじいさん」と呼ばないでいてくれたら嬉しい)の生活が始まった。
数日後に二度目の入院となり、間に2週間の休みを挟んで、手術のための入院をして14泊15日で退院して、2022年の末あたりまではニット帽を被って生活した。
他人にとっては“どうでもいいこと”
ニット帽は気に入っていたのだが、被る手間が面倒には違いない。年が明けたくらいから、帽子を被らずに外出する日が出て来た。帽子は常に持っていて、いつでも被ることができるように準備していた。
残った髪の毛は、一月に1センチ強伸びる感じなのだが、「密度」がなかなか復活しなかった。バリカンで長さを抑えながら、密度の回復を待つことにした。この間、主にニット帽を被るのだが、徐々に帽子を被らない時間が増えてきた。
一つには、当たり前のことなのだが、同じくらい毛のない人は世の中に普通にいることに気づいた。
また、この要素が最も大きいように思うが、毎日自分を見ているうちに、自分の姿を「見慣れて」きた。そして、「坊主頭でも、不都合はないではないか」という心境が芽生えてきた。
できる限り客観的に考えてみると、筆者のような人物が、白髪混じりの七三分けのような普通のヘアスタイルであろうと、坊主頭であろうと、他人には「どうでもいいこと」だろう。坊主頭では恥ずかしいのではないか、という思いは自意識過剰の産物に過ぎない。また、坊主頭にあって毛の「密度」が気になるのは本人だけだろう。これも、他人にとってはどうでもいいことだ。

