60年以上の「こだわり」はなんだったのか

脱毛から4カ月が経過した2月になって、帽子を被らずに外出する日が増えた。荷物の中に帽子を加えることを忘れる日が多くなった。

坊主頭で不都合はない。そういうことなのであれば、癌になる前の六十数年はどういうことだったのか。いわゆる床屋、もう少し手が込んでいて高級なイメージのヘアサロンと称するような場所に、1、2カ月に一度くらいは行って、髪をカットして貰っていたのは無駄だったのではないかという反省が生まれた。

理髪店で床屋から散髪を受ける男性
写真=iStock.com/Svitlana Hulko
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今風にスタイリストと呼んでもいいが、筆者の髪をカットする人たちは、工夫を凝らそうとしても結局似たようなヘアスタイルに帰着していたし、筆者の頭の形に合わないヘアスタイルを理想とする画一的な価値観にとらわれていた。