「おとなりのAちゃんは、いつも塾の試験で好成績なのに、うちの子ときたら成績が悪いうえに、授業中も落ち着きがなくて『集中しなさい』と叱られてばかり。似なくていいところだけ親に似ているから、なおさら腹が立つ。そういえばAちゃんのパパは東大卒のはず。もしかして、遺伝の影響なの?」

はたして、成績の良しあしや集中力は遺伝するのか。もしそうなら、努力ではカバーできないのか。

遺伝するものとしないものは、明確にあります――そう教えてくれたのは、アルツハイマー病研究の第一人者で、神経生化学や分子認知科学を専門とする、東京大学大学院の石浦章一教授。

「たった1個の遺伝子できれいに遺伝するものを単因子性の遺伝といいます。典型例が遺伝病(遺伝要因による病気)です。一方、ほとんどの病気、たとえば高血圧や糖尿病などに起因するものについては、いくつかの遺伝子の相乗作用と、その家系や家族に特徴的な生活習慣などの環境要因が合わさった結果として現れると考えられています」(石浦教授)

では、肝心の“脳”に関する遺伝の影響はどうなのか。石浦教授はきっぱりと「あります」。この親にして、この子あり。もはや、わが子の未来は閉ざされたか―。ガックリ肩を落としかけたとき、「ただし」と石浦教授が切り出した。

「アルツハイマーのような認知症は、遺伝要因がかなり高い。それに比べ勉強ができる、できないといった知的機能については、遺伝要因は低いといえます」

それはどういうことか。

「10年くらい前までは、知能を遺伝子で説明できるのではないか、と研究者はみな考えていました。ところが、IQが高い人や数学がよくできる人を何千という単位で調べてみても、そのことを説明できる遺伝子の変異はほとんど見つからず、特定できませんでした。頭のよさが数百、数千というたくさんの遺伝子の組み合わせによって決まっているからでしょう。現在では、知能は学習によって獲得されるものである可能性が高いと見られています」

だが、代々にわたって東大に進む家庭も厳然として存在する。そこには、遺伝の影響があるように見えて仕方がない。