病気の原因を特定したい気持ち
「何が原因だったのですか? 食事が悪かったのでしょうか」
これは私が「進行膵がん」を告知した患者さんから投げかけられた質問です。一般的に膵がんのリスク因子は、糖尿病、アルコール摂取、喫煙、肥満といったところですが、この患者さんはひとつも当てはまりませんでした。つまり、膵がんになった原因はわからないとしかいいようがありません。
がんのように重い病気にかかったとき、患者さんが原因を知りたいと思うのは自然なことです。ところが、必ずしも原因がわかるとは限りません。というか、原因が明確であることのほうがまれだといったほうがいいでしょう。
例えば、喫煙者が肺がんになったとします。喫煙が肺がんのリスク因子であることは確実です。でも、それは集団における確率の話であり、個々のケースにおいて喫煙が肺がんの原因だとは断定できません。
日本人を対象とした研究で、喫煙者は非喫煙者に比べて3~4倍ほど肺がんにかかりやすいことがわかっています。ということは、肺がんになった喫煙者の3分の1〜4分の1は、喫煙していなくても肺がんになった可能性があるということ。非喫煙者が肺がんになるケースがあることからも、喫煙者が肺がんになったケースでも必ずしも原因が喫煙「だけ」とは限らないことをご理解いただけると思います。
「公正世界仮説」がもたらす影響
となると、「タバコが原因でなければ、何が肺がんの原因なのか?」という疑問が湧いてくるかもしれません。喫煙以外の肺がんのリスク因子としては、特定の職業における発がん性物質(アスベスト等)への曝露、大気汚染、糖尿病、結核やHPV(ヒトパピローマウイルス)などの感染症、ラドンガス、調理時の油煙や室内での石炭燃焼による煙などが知られています。しかし、こうしたリスク因子がなくても、肺がんになるときはなります。結局のところ、病気の原因はわからないことが多いのです。
このような状況を、心理的に受け入れがたいと思う人も少なくありません。「公正世界仮説」といって「この世界は公正であり、よい行いにはよい結果が、悪い行いには悪い結果がもたらされる」という心理的バイアスがあるせいかもしれません。
よい行いをすれば報われ、悪い行いには罰が下る――そう信じたい気持ちはよくわかります。でも、病気にまで当てはまると考えると話は複雑になります。重大な病気の裏には、喫煙や不健康な食事といった悪い行いという原因があるはずだと考えてしまうことにつながるからです。
タバコが原因だと考えて禁煙するなど、体に悪いことをやめるのであれば、好ましい変化だといえます。しかし一方で、「これを食べればがんが治る」といった、根拠の乏しい食事療法などに傾倒するケースも見受けられます。

