※本稿は、井上薫『裁判官の正体 最高裁の圧力、人事、報酬、言えない本音』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
転勤拒否できる建前だが実際は…
裁判官には転勤がつきもので、転勤族の一種ですね。ところが驚いたことに、裁判所法という法律の中には転勤(条文では「転所」という)拒否できるという規定があるのです。一般には信じられないですけれど。転勤拒否できるのはなぜか? それだけ人事による関与によって裁判官が心が揺らいで公平な裁判ができなくなることを恐れて、法律では裁判官は転勤拒否ができることになっているのです。そんなところに行きたくないといえば転勤話はそれで終わりということになっているのです。
では、現実になぜみんな転勤しているのか? そこが建前と本音の分裂なんですよ。日本にはそういう例は多々ありますけども、裁判官の転勤拒否ができるかどうかという点については、建前と実際は極端に離れています。これを知らないで法律だけ見ていても裁判官人事の実際はわかりません。
人事権者である最高裁は裁判官にここへ異動してくださいというたびにいちいち拒否されていたら人事異動なんてできないじゃないかと思いませんか? 実際そうなんですよ。できないんですよ。ところがやっているわけです。どういう仕組みなのかというのが話の味噌です。これが一札の力という話題です。
実際には転勤拒否ができない仕組みになっている
たとえば、東京地裁に次に転勤になるとき念書を取られます。3年たったら最高裁が行けといったところに行きますという念書を最高裁に提出する慣行です。提出しないと東京地裁に行けません。そういうやり方、この一札の力によって、転勤拒否できる建前が吹き飛んで実際にはできない仕組みになっているのです。それで、最高裁は全国の裁判官を将棋の駒みたいに思うように動かしているのです。大規模な人間将棋ですね。これが建前と実際の違いの根本です。あまり表に出る話ではないので一般の方々は知らないこととは思いますが、ここが裁判官人事を理解するときの要です。
異動する先の話です。地裁と家裁では仕事の内容が大きく違います。地裁であれば民事か刑事かの事件をやりますが、家裁になると家事事件か少年事件をやるわけです。だいぶ仕事の内容が違いますね。法廷というと地裁のイメージが強いです。家裁でも法廷を開く場合はあるけれどもそれは少なくて、実際法廷傍聴に行こうというと地裁へ行きます。仕事の内容もイメージもだいぶ違います。地裁への希望の裁判官が多いだろうと思います。家裁の裁判官は希望が通らなかったのでやってきたという場合が少なくないのではないかと思います。