安定とやりがいを求めた転職の試行錯誤

ゆとりをもって生活するだけの収入を得ながら、好きな仕事で気の合う人たちと働き、プライベートも充実させる――。多くの人が夢見る社会人像だけど、現実にはなかなか難しい。組織人の場合は、自分の意に沿わない業務も担当しなければいけないし、嫌味な上司や無気力な部下に当たってしまうこともあるだろう。

都内の人材系ベンチャー企業で正社員の広報担当として働きながら、趣味が高じて設立したアート関連の会社を友人と一緒に経営しているのは松山久美子さん(仮名、43歳)。正社員であっても堂々と副業ができる会社が多い現在、彼女のように優秀でやる気のある人にとっては安定とやりがいを追求できる理想の労働環境が整いつつあるようだ。

夕暮れ風景に対するビジネスマンのシルエット
写真=iStock.com/SergeyNivens
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このインタビューは東京・門前仲町にあるビストロで行っている。ワイン好きだという松山さんは喉の調子が悪いと言いながらもシャンパンをうれしそうに飲んでいる。細身でショートカット、ノースリーブのブラウスと大きな金色のイヤリング。いかにも精力的で洗練された女性だが、本連載のタイトルを伝えると「私はロマンとムードが大好きです」とすかさず賛同。素朴に感じるほど率直な振る舞いが親しみやすさを醸し出している。

勤務先では顧客を集めたコミュニティのマネージャー業務も兼ねている松山さん。まずは相手に寄り添う姿勢が身についている。しかし、現在のように生き生きと働けるまでには複数の転職先での試行錯誤があった。

「好き」を仕事にしたら業界のヒエラルキーの底辺に

松山さんは東海地方の地方都市で生まれ育った。進学先は東京にある有名私立大学だが、仕事をするイメージがわかずに就職活動はしなかったという。

「遠くの大学にまで行かせてあげたのに、と親はカンカンでしたけどね(笑)。卒業した春に彼氏と一緒にボートに乗っていたら、同級生たちがスーツを着て入社式に出ている映像が頭に浮かんだんです。慌てて仕事を探しました」

ただし、松山さんには「組織に染まるのは嫌。好きなことを仕事にしたい」という若者らしいこだわりがあった。筆者にも覚えがあるが、社会経験のないうちにそのような発想で仕事を選ぶと、見栄えだけがいいブラックな企業や業界に入ってしまいやすい。松山さんの場合は映画の宣伝会社だった。

「映画好きなので入ったのですが、業界のヒエラルキーの底辺に置かれました。新聞やテレビを頂点とするメディアが圧倒的に上、配給会社も上、劇場も上。仕事もヘマばかりでしかられてばかり。1年で逃げ出してしまいました」

初めての正社員。経営陣の入れ替わりで社風が一変

次はスターバックスコーヒーでのアルバイトを始めた松山さん。当時、20代独身。接客に向いている自分に気づいたのだろう。あり余る時間と体力を使って、英会話学校の受付のアルバイトも掛け持ちした。

「フラットでオープンな社風が好きになったので、スタバを辞めて正社員になりました。英会話学校の受付は見込み客への営業も兼ねています。私はいい上司に恵まれたおかげで売れる営業になれました」

人当たりの良さと聞き上手を仕事に生かすことを覚えた松山さん。6年間は楽しく働いていたが、勤務先が経営不振に陥り、経営陣が入れ替えとなった。自由な社風がガラリと変わったことが松山さんにとっては耐え難く、退職を決意する。

松山さんはこのときも転職先を見つけないまま退職。自分がやりたいことを見つめ直し、アートや映画と同じぐらい「家(住宅)が好き」だと思い至る。

「インテリア業界に行きたいと思って、30万円ほどの学費を払って学校に通いました。基礎を学べたし、イラストレーターやCADを使えるようにもなりましたが、内定をくれた会社の人が厳しい現実を教えてくれたんです。月収16万円で家に帰れないような忙しさが続く、と」

それでは生活が成り立たないと思った松山さん。内定先への就職を断わり、初めて転職エージェントに登録した。このエージェントが松山さんの視野を広げることになる。