大手ディベロッパーで見た「本物のエリート」

「紹介されたのはインテリア会社ではなく、日本を代表するような大手ディベロッパーでした。ベンチャー企業を集めるコワーキングスペースのコミュニティ・マネージャーを探していたので、私のような浮ついた経歴の人間を契約社員として採用してくれたのだと思います。この会社で、私は生まれて初めて本物のエリートを見ました。他の大企業、東京都、日本政府と折衝して、国を動かしているような人たちです。私は完全に浮いていました。トイレで泣いていた時期もあります(笑)」

任された業務には実直に取り組む松山さん。次第に周囲の信頼を得るようになり、契約社員としての期限が終わりを迎えた5年後には正社員登用試験を受けないかと打診された。

「とてもいい会社でしたが、私は正社員になってずっと働きたくはないと思いました。伝統もある大企業なので、様々なお作法とルールにのっとらないと何も動けない苦しさがあるからです。常に論理的に正しいことが求められる分だけ、判断も行動も遅くなります。業務で様々なベンチャー企業の人たちと触れていたので、『私も好きなことをしたいな』という気持ちがまた強くなりました」

アートな感性よりもロジックと建前が優先、そつがないけれど動きが遅い――。日本の大企業の強みと弱みを肌で感じながら、松山さんは再び転職活動を始めた。

まだ33歳じゃん。今から何でもできるよ

松山さんは当時33歳。10年間の社会人経験を経て、ようやく自分の軸が定まったと振り返る。

「好きな人たちと好きな分野で80歳まで働くことです。そのためにはスキルが要ります。自立して暮らすためにはお金も必要です」

お金も必要だと言いつつ、一度は断念したインテリア業界に入ることを決める。自宅を改装した経験から「やっぱり家が好き」だという想いが高まり、仕事で知り合った「8歳年上のカッコいい女性」からは背中を押してもらったのだ。

「私が『キャリアのことで迷っているんです。好きなことをやってみたいけれど、もう33歳だし』と言ったら、『まだ33歳じゃん。今から何でもできるよ!』と励ましてくれました」

数度の転職経験があり、様々な業界の企業が集まるコミュニティのマネージャーとして真剣に働いてきた松山さん。自分に合った会社を選ぶ感覚と知恵が身についていたのかもしれない。転職先は個人宅のリノベーションを手がける新興企業A社。年収は100万円ほど下がってしまったが、良い転職だったと松山さんは明言する。

「主に広報を担当したのですが、リノベーション前後のお宅撮影に同行するのがとにかく楽しかったです。上司もビジョナリーなひらめきタイプで、私の提案もどんどん受け入れて素早く決断してくれました」

副業も転職もいとわないフリーランス・サラリーマン

正社員であっても勤務先に強い帰属意識を持たず、組織内で実績を上げながら会社と対等な関係を保ち、機会があれば副業も転職もまったくいとわない。筆者は、そういう働き方を好む人を「フリーランス・サラリーマン」と呼んでいる。彼らにとっての勤務先は単なる「太客」に過ぎず、忠誠を誓う見返りに保護してもらうような相手ではないのだ。

筆者の見立てでは、松山さんは33歳でリノベーション会社A社に転職した頃にはフリーランス・サラリーマンになった。実際、A社への転職2年目には人材系ベンチャー企業B社での副業を始めている。

「A社では給料アップは見込めなかったからです。好きな仕事を長く続けるためのお金が足りない、と思いました」

そのうちにB社での業務のほうが忙しくなり、年収も20%ほどアップするこの会社への転職を考えるようになる。「本業」だったA社での広報業務は案件ごとの切り出しが可能だと松山さんは判断。正社員ではなく、業務委託契約にすることを打診する。本業を副業にするという発想だ。しかし、A社からは明確な理由は示されないまま断られてしまう。

「今の勤務先であるB社の社長からも『自分の会社を作るのはいいけれど、うちを副業にしないで。二番目の男みたいで悲しい』と冗談交じりに言われています(笑)」

すべてがつながって今がある

雇用主から嫉妬されるほどの実力と自由を手にしている松山さん。B社では正社員として顧客企業の担当者などが参加するコミュニティのマネージャー業務を手がけている。一方で、自ら経営するアート関連会社では様々な企画を立案・実行。新規顧客の営業活動にも励んでいる。今回のインタビューを通して、「キャリアの伏線回収ができた」と松山さんは総括してくれた。

「英会話学校では、共感をベースにして相手の話を引き出して営業にもつなげることを体得できました。インテリアの学校で学んだ基礎知識はリノベーションの会社で大いに役立ち、私のスキルの一つになっています。大手ディベロッパーでは世の中の仕組みを少し見ることができました。41歳のときに立ち上げた自分の会社はまだまだ細々とやっている段階です。でも、気持ちとしては副業ではありません。こちらが私の本業です」

今までの転職経験に無駄なものは一つもなく、すべてがつながって今に収れんされている、とまとめる松山さん。それが客観的な事実であるかどうかはどうでもいい。松山さん自身が「無駄な経験はなかった」とかみ締めて、前を向き続けることが重要なのだ。

※本稿は、PRESIDENT Growth『転職ロマン 一歩踏み出した人たち』の一部を再編集したものです。

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