日本製鉄による米USスチールの買収計画をめぐり、日鉄がジョー・バイデン前大統領を訴えた裁判は、2月3日から書面でのやりとりが始まった。早稲田大学公共政策研究所の渡瀬裕哉さんは「日本側にはドナルド・トランプ新大統領の政治決断に期待する声もあるが、極めて難しい状況だ。しかし、トランプ政権にとって『魅力的な提案』ができれば、可能性はゼロではない」という――。
日本製鉄 USスチール買収への不当介入に対し訴訟を提起
写真=日刊工業新聞/共同通信イメージズ
日本製鉄、USスチール買収への不当介入に対し訴訟を提起。写真は、会見する橋本英二 会長兼CEO。=2025(令和7)年1月7日、東京都内

筆者が現地で感じた「トランプ新政権」の空気感

筆者はトランプ大統領就任後のアメリカの空気感を探るため、1月末から2月頭までの間ワシントンD.C.に渡米し、共和党保守派やMAGA(Make America Great Again=米国を再び偉大に)系のシンクタンクや団体などを訪ねてまわった。

その際、D.C.での訪問先は私が日本人であることは先刻承知であるため、最初の話題は日本製鉄によるUSスチール買収問題となることが多い。ただし、日本製鉄によるUSスチール買収問題自体は米国ではそれほど大きな話題ではない。おそらく日本政府・企業関係の駐米スタッフがその話題について何度もヒアリングに来るため、日本人の相手をするアメリカ人にとってはお腹一杯の話題であるようだった。

実際、トランプ政権に影響力を持つ人物を訪ねた際、彼はまだこちらが何も話を切り出していないにもかかわらず、初対面の筆者に対してUSスチール買収問題から会話を始めた。

「当面の間は状況が好転することは難しいが、トランプ政権においては何らかのタイミングで状況が好転することもある。個人的には何の問題もないと思っている」

これは体の良い日本人向けのリップサービスのようなものであることは明らかだった。たしかに、トランプ大統領の政治決断がある可能性はわずかに残っていることは事実だが、その可能性は非常に低いことが示唆されていたように思う。

「あり得ないタイミングの、あり得ない買収」

同面談を行ったビルの受付は訪問台帳を誰でも見られるセキュリティの甘さがあり、筆者が入室時に同台帳にさりげなく目を通すと、いくつかの日本企業関係者の訪問記録が目についた。そのため、先方は筆者が同様の日本人駐在員のようなものだと勘違いしており、適当にお茶を濁しておこうと考えていることがわかった。他の日本人がどのように日本本国に報告しているかは知らないが、少なくとも筆者には同件について前向きな印象は得られなかった。

今回の訪米で面談した、保守派の組織、ロビイスト、シンクタンクの人々の中に、同買収の見通しについて、前向きな見解を示した人間はいなかった。最初は筆者が日本人であるために気を遣った発言をしているものの、筆者が率直に「大統領選挙前後にUSスチールを買収する行為は政治的にナンセンスだ。馬鹿げている」と述べると、彼らは一様に「お前の言うとおりだ」と本音で話すようになり、筆者に同意する発言を繰り返した。

「あり得ないタイミングで、あり得ない買収を仕掛け、そしてバイデンがそれを否定しただけの話である上に、トランプ大統領はバイデン政権の判断をワザワザ覆す必然性がない」というのが彼らの共通見解であった。つまり、彼らの見立てとしては、日本人に対してはバツが悪いものの、「すでにUSスチール買収問題はほとんど終わった話」でしかないということだ。