バイデン米大統領は3日、日本製鉄による米製鉄大手USスチールの買収計画に対し「国家の安全保障にかかわる」として中止命令を出した。別の米鉄鋼大手CEOからは「日本は1945年以来何も学んでいない」という発言も飛び出し、日米の鉄鋼業界で緊張が高まっている。一体何が起こっているのか。在米ジャーナリスト・岩田太郎さんが解説する――。

なぜこんな理不尽な仕打ちを受けるのか

「日本は邪悪だ。日本は注意しろ!」
「お前たちは身の程知らずだ! (米国に完敗した)1945年以来、何も学んでいない」
「我々の血を吸うのはやめろ。我々はアメリカ人だ。我々はアメリカを愛している」

米鉄鋼大手クリーブランド・クリフスのロレンソ・ゴンカルベス最高経営責任者(CEO)は1月13日の記者会見で、米国旗を掴みながら、日本と日本人を挑発した。

米鉄鋼大手ユナイテッド・ステーツ・スチール(USスチール)をめぐる買収競争のライバルである日本製鉄に対する非難が、いつの間にか日本の国そのもの、日本人に対する蔑みになって吐き出されていた。

日本製鉄側から見れば、正当な手続きに従って成立するはずだったディールをライバルの政治的な企みで阻止され、さらに違約金が900億円近くも発生し、その上に悪者扱いされて踏んだり蹴ったりである。

ゴンカルベス氏はさらに、日本製鉄の橋本英二会長兼CEOの「全財産や家、クルマ、さらに(本当に飼っているかは不明だが)ペットの犬まで奪ってやる」と発言をエスカレートさせている。

なぜ、このような理不尽なことを言われなければならないのか。なぜこのような事態になったのか。

救いの手を差し伸べたのに

過去の米国の偉大さや繁栄を象徴していたUSスチール。だが、日本や中国、韓国、インドや欧州のメーカーとの競争に勝てず、さらにグローバル化の波に飲まれた。設備は老朽化する一方で技術革新に投資する余力もなくなり、すっかり衰退する米国のシンボルになってしまった。

その斜陽のUSスチールに救済の手を差し伸べたのが、わが国の日本製鉄だ。

日没の背景に手を伸ばし、助けの手を差し伸べる
写真=iStock.com/Banphote Kamolsanei
※写真はイメージです

USスチール買収のライバルであったクリフスのオファー(買収価格)が70億ドル(約1兆1050億円)であったのに対し、日本製鉄はさらに40%ものプレミアを付け、149億ドル(約2兆3500億円)を超える金額を提示。

それだけではない。USスチールの従業員に「買収ボーナス」として1人当たり5000ドル(約79万円)を支払うとまで表明していた。追加投資を表明した分も含めると、買収総額は170億ドル(約2兆7000億円)近くに達した。

この買収の結果、粗鋼生産量で世界第3位の巨大日米連合が誕生するはずであった。米国衰退の象徴であったUSスチールが日本製鉄の最先端技術で競争力を取り戻し、中国メーカーによる世界市場支配に立ち向かうことで、米国の国家安全保障も強化され、ウィン=ウィンとなるはずであった。