NHK大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」の主役・蔦屋重三郎(蔦重)は遊郭吉原のガイドブック編集長。その後、葛飾北斎や東洲斎写楽らの天才を発掘し、世に送り出した稀代の敏腕プロデューサーでもある。なぜ作家は蔦重と仕事をしたがったか。時代小説家の車浮代さんは「多くの人たちから慕われ、信頼を集めた蔦重の仕事術は、現代のビジネスにも通じる極意の宝庫だ」という――。

※本稿は、車浮代『仕事の壁を突破する 蔦屋重三郎 50のメッセージ』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。

山東京伝『箱入娘面屋人魚』
山東京伝『箱入娘面屋人魚』(写真=国立国会図書館デジタルコレクション/PD-Japan/Wikimedia Commons

人を動かすのは信じる心。相手の能力や才能を本人よりも強く信じる

「部下がやる気を出さない」「後輩が何を考えているかわからない」。

人を指導したり、束ねたりする立場の方から、こんな悩みを聞くことがあります。もちろん、仕事への熱意の量やスタンスは人それぞれですし、さまざまな背景もあることでしょう。けれど、「相手を信じる」ということを大切にしてみると、状況が好転していくことは大いにあるのだと思います。

蔦重は、一人ひとりの作家の才能をいち早く見抜き、可能性を最大限に引き出すことで、時代を彩る作品を次々に生み出した出版人です。

たとえば、蔦重が鱗形屋(うろこがたや:当時の版元)の『吉原細見よしわらさいけん』(遊郭吉原のガイドブック)の編集長をしていたとき、挿絵も描け、文才もある武士作家の恋川春町に依頼してできたのが、日本初の「黄表紙」だと言われています(『金々先生栄花夢』)。

女性にモテたくて、地方から吉原に向かった主人公が、道中、粟餅が蒸しあがる間に栄枯盛衰を経験する……というストーリーを描いたこの作品は、瞬く間にヒットし、やがて春町は「黄表紙の祖」と言われるまでになりました。

「相手が潜在的に持っている才能や能力を見出す」という力が傑出していた蔦重。無名の作家たちは、彼のもとで次々と秘めたる才能を発掘され、開花させていきました。

蔦重は彼ら自身の才能を、本人たち以上に信じ、期待していたに違いありません。新人作家たちは、自分を信じてくれるその想いに感化され、さらにモチベーションを燃やしていったのでしょう。

芸能、音楽、出版などあらゆる分野に共通して言えることですが、たとえばこれからデビューする新人を発掘するようなとき、当の本人は自身の才能や魅力に気づいていなくても、スカウトやオファーをする側は、すでにそこに強い確信を持ち、熱心に口説く……ということは往々にしてあります。

声をかけられた本人は、当初は「どうして自分なんかに?」という戸惑いを隠しきれない場合も多いもの。しかしながら、相手の「あなたにはこういう力がある。だからきっと世に出る人になる」という熱い想いに突き動かされてデビューを果たした、という話は色々なところで聞くものです。まっすぐに自分を信じてくれるその人に、運命を委ねてみようという気持ちになるのかもしれません。

人は誰だって、信じてもらえると嬉しいのです。

相手の才能を、時に相手よりも固く信じる。清らかでまっすぐなその信頼は、人の心を動かします。

「相手の才能を信じる」ということは、適当に「あなたならできるよ!」と励ますということではありません。この人ならきっと……という確信を裏打ちするのは、綿密な分析と、まっすぐな好奇心です。

人間誰しもが、必ず何かしらの才能を持っています。だからこそ、目の前にいるこの人は、一体何が得意で、どんなことに喜びを見出すんだろう? と、純粋な興味を持ち、丁寧に観察してみるのです。その積み重ねがあるからこそ、「あなたのこういう能力はすばらしい。あなたにならきっとできる」という言葉は自然と、説得力と重みを持ちます。熱い衝動の源となるのは、実は地道で緻密な分析なのです。

あなたの目の前にいる部下は、どんな才能の持ち主なのでしょうか。そんな想いで見つめてみると、関係性も少し変わってくるかもしれません。