会社員がある日「学校の先生」に
学園は普通高校より先生(指導員)の数が多い。しかも、トヨタの現役社員が教える。それは職種に合わせた専門的な知識、技術を教えなくてはならないからだ。
参考までに、生徒ひとりあたりの教員の数だが、一般高校では生徒、ひとり当たり、約4、5名の教師が指導にかかわる。一方、学園では一般高校とは異なり、実習指導委員や職場の教育委員会組織や寮での管理体制を含めると倍以上の大人が関わりを持って育成を図っている。もっとも、寮生活だから指導員の数が多くなるのは仕方がない。それにしても一般高校の倍以上の大人が生徒のために惜しみなく愛情と時間を注ぎ込む。
指導員はトヨタの各現場の技能者から選出される。期間は3年間。会社員がいきなり教壇に立つわけだ。指導員も当初は動揺するだろう。しかし、誰だって最初は素人だ。教壇に立っているうちにプロになる。昨日まで会社員だったとしても、人を教えられないことはない。
トヨタから派遣されてきた指導員たちはあふれるほどの愛情を注いでいる。学園の生徒は職場に入ってきて後輩になる人間たちだ。それもあって愛情を注ぐのだろう。
学園の担当者は「指導員が生徒に愛情を注ぐ例」を紹介してくれた。
着任したら、野球部員に練習をボイコットされ…
「最初のうちはなかなか自分が住む寮の部屋の4S(整理・整頓・清掃・清潔)ができない生徒がいます。ある指導員は自ら寮に足を運びました。そして、生徒が自分でできるまで一緒になって4Sを行いました。
また、体調を崩してしまった生徒には、電話したり、寮まで様子を見に行ったりして安心させます。指導員が自ら体調を崩した生徒の部屋まで食事を運ぶこともあります。様子を見て病院に連れていくことだってあります。成績が伸び悩んでいる子に対して成長する機会、きっかけを与えます。各指導員はそれぞれの生徒を自分の子どものように愛していますよ」
トヨタのオウンドメディアには学園出身の鋳造部にいる板頭隆浩が指導員をやった時の経験が載っている。
板頭は指導員に指名された時「なぜ?」と思ったという。
「自宅で子どもたちから『パパ、先生になるの? 転職するの?』と聞かれちゃいました。うまく務める自信はなかったですが、自分を変えるチャンスだと思って飛び込むことにした」
着任当初は生徒との接し方がよくわからず、距離感をつかむことができなかったのである。生徒たちから返ってきた匿名アンケートでは厳しい感想を書かれ、また、顧問を務めた野球部では部員たちから練習をボイコットされたこともあった。