ノルマ、売上、利益率……仕事上、数字を追い求めるのは重要だが、そればかりでは息が詰まる。時代小説家、車浮代さんは「NHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』の主人公である江戸の天才出版人・蔦重は仕事に心底惚れこみ、まるで遊ぶように働いていた。数字など頭にないくらいの純粋さで仕事を楽しむ人ほど、結果は出やすくなる」という――。

※本稿は、車浮代『仕事の壁を突破する 蔦屋重三郎 50のメッセージ』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。

自分の仕事にときめける人は無敵

江戸の天才出版人・蔦重はとにかく、新しい企画を練るのが大好きでした。常に頭の中は、「今度はどうやって世の中のみんなを驚かせてやろうか」ということでいっぱい。斬新な作品が生まれるたび、世間の人々は熱狂しましたが、毎回、一番高揚していたのは蔦重自身だったのかもしれません。

「てめえが好きでやってる仕事が人に喜んでもらえるなんてよ、こんな目出てえことはねえと俺は思うぞ。それこそ天分を活かす、ってやつだ。俺が版元なんて商売を始めたのも、てめえの好きと、人様を驚かしてえ、喜ばしてえって気持ちが合致したからだ」とは、拙著『蔦重の教え』(飛鳥新社/双葉文庫)に出てくる蔦重の言葉です。

蔦重は自身の仕事に、心底惚れ込み、ときめいていました。だからこそ、寛政の改革で弾圧されながらも、矢継ぎ早に面白い仕掛けを思いついていったのでしょう。

たとえば遊女の絵を禁じられれば、代わりに町で評判の美しい娘たちの着物姿の絵に、彼女たちの名を入れて売り出します。これもたちまち大評判となり、モデルになった彼女たちは、まるで「会いに行けるアイドル」状態に。お店には行列ができるほどになりました。

それに対して、美人画に特定の人物の名を入れることを禁じられれば、今度は暗号のようなもので対抗……と、制圧に屈することなく、遊び心に満ちた仕掛けを繰り広げていったのです。

ときめく心は熱いエナジーとなり、作品たちに宿ります。消費者、購買者は、作り手が思っている以上に研ぎ澄まされた感性を持っているもの。ときめきが宿った作品であれば、敏感にそのエネルギーを察知します。

大好きな人と、そうでもない人と、あなたはまったく同じ態度や感情で接することができますか? おそらくほとんどの人にとって、それは至難の業でしょう。仕事もそれとまったく同じです。仕事を愛している人と、そこまでの思い入れのない人とでは、仕事に向き合うときの姿勢には、その所作一つひとつに及ぶまで、歴然とした差が生まれてくるはずです。

どんな職種であっても、あなたがその仕事に愛情を持っていれば、それは必ず周囲に伝播していきます。仕事において、ときめく心を持てる人は最強です。好きだからこそ全力を尽くせるし、愛があるからこそ真心を込められます。そんなふうにして手がけた仕事が、人の心を動かさないわけはありません。だからこそ蔦重はいつでも胸を張って、作品たちを世に送り出すことができたのです。

好きな仕事をしていると、「働かされている」という感覚はなくなっていきます。そこにあるのは義務感や疲労感ではなく、楽しさや爽快な没入感でしょう。

私自身、周囲から「歴史小説を書くなんて、調べ物が多いから大変でしょう」と言われることも多いのですが、資料を調べるのは、まったく苦ではありません。江戸文化が大好物の私にとって、調べ物に没頭している時間はとても楽しく、心躍るひとときです。「えっ、そうだったの⁉」「あれとあれがこう繋がっていたのか……」などと新しい発見をするたび、高揚感に満たされます。

時間を忘れて何かに夢中になっているとき、脳はいわゆる「フロー状態」にあります。リラックスしながらも高い集中力を発揮するこの状態なら、アイディアやひらめきも降りてきやすくなります。

どんな状況のなかにも、必ずときめきの種はあります。どんなにささやかだったとしても、まずはその種を大切に育ててみることが、自分を輝かせてくれます。