「生徒全員で観客全員を楽しませる」
【苫野】なるほど、おっしゃる通りですね。ちなみに、麹町中の文化祭の最上位目標は何だったんですか?
【工藤】「生徒全員で観客全員を楽しませる」です。
理想を言えば、最上位目標も対話の中からみんなで見つけだしたいところですが、麹町中の教員でさえも最上位目標の概念が理解できていないのですから、校長の僕から提示しました。これをみんなの共通のゴールにしようよ、と。もちろん文化祭の実行委員や生徒会役員が納得するまで丁寧に説明します。
おそらく、はじめのうちはこの目標の持つ意味がわからない教員すらいたと思います。しかし、意見の対立が起こるたびに、最上位目標に戻って答えを見つけだそうとする経験を重ねることで、この目標のすごさを子どもも教員も実感していったんですね。
【苫野】「みんながOKと言えそうな最上位目標」を、工藤さんは鋭くつかみ取ったんですね。
最上位目標をいかに設定するかが重要
【工藤】教員として経験が浅かった頃はわからなかったですね。概念と具体がつながって明確に言葉にできるようになったのは、麹町中の子どもたちと出会ってからですよ。子どもたちにとっては「生徒全員が楽しめる」という目標だけでも難しいですけど、文化祭とはそもそも芸能のようなイベントの集合体です。体育祭のように自分たちが楽しめればいいというものじゃない。ダンスにしても演奏にしても、観てくれる人たちに喜んでもらえないと意味がない。
ですから、「生徒全員が楽しめる」だけじゃなくて、「観客全員を楽しませる」も同時に達成しないといけないんです。わざわざ学校に足を運んでくれる人たちの中に「なんだ、この文化祭、つまらないな」と思う人がいたとすれば、やる意義がないかもしれない。そこまで子どもたちに考えてもらうんです。
【苫野】なるほど。
【工藤】「生徒全員で観客全員を楽しませる」の頭に「生徒全員で」とつけたのも、深い意味があります。
来場者に喜んでもらうという目標だけを考えれば、一部の生徒でこれを実現するのも悪くないかもしれません。でも、それでは文化祭が限られたリーダーを育てる教育活動になってしまいます。
僕は、麹町中の生徒たちみんなに学んでもらいたかったんですね。だから「生徒全員で」とつけました。ここで一部のリーダーがそれ以外の生徒たちにやるべきことを押し付けるようでは、「生徒全員で」楽しめないことになる。先ほどのダンスと劇の多数決の事例のように誰かが取り残されるわけです。そうならないように、「生徒全員で」考える。
このように、最上位目標をいかに設定するかは、本当に重要なんです。