アート作品の価値は何で決まるのか。アート思考キュレーターで起業家の若宮和男さんは「アートの価値は『美しさ』や『技量』でも『かけられた時間』でもない。『ちがいが価値で、おなじは悪』になる」という――。
※本稿は、若宮和男『超・アート思考 AI時代の人間の創造性とは何か?』(実業之日本社)の一部を再編集したものです。
「おなじ」より「ちがい」を生むチカラ
アート思考とは「藝術家のように思考する」ということですが、「ちがい」を生み出す思考法である、と言い換えることもできます。そしていまアート思考が求められている背景には、価値のパラダイムの変化があります。
日本はすでに成熟市場です。ほしいものはなんでも手に入り、ニーズは飽和し、多様化しています。発展途上の市場では需要に対し供給が足りていませんから、人がほしいものははっきりしています。しかしそれが満たされると、ほしいものは人によってバラバラになり、ニーズは曖昧になります。
市場の成熟と飽和によって、価値のパラダイムが変化したと僕は考えていて、これを「工場」パラダイムから「アート」パラダイムへの変化と呼んでいます。
「工場」というのは、製造業に典型的なパラダイムです。日本が高度経済成長を遂げ、ジャパン・アズ・ナンバーワンと言われた時代は工場のパラダイムが全盛でした。
工場では「おなじ」が価値です。たくさんおなじ製品をつくれるのがよい工場であり、一方で「ちがい」が生まれると不良品や欠陥として扱われます。
市場がまだ成熟していない時代にはニーズはある程度決まっていて、人々が求めるものは「おなじ」でした。「おなじ」モノをたくさんつくることが競争優位性になった、「つくれば売れた時代」だったのです。

