アート作品の価値は何で決まるのか。アート思考キュレーターで起業家の若宮和男さんは「アートの価値は『美しさ』や『技量』でも『かけられた時間』でもない。『ちがいが価値で、おなじは悪』になる」という――。

※本稿は、若宮和男『超・アート思考 AI時代の人間の創造性とは何か?』(実業之日本社)の一部を再編集したものです。

抽象油絵に取り組む女性アーティスト
写真=iStock.com/gorodenkoff
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「おなじ」より「ちがい」を生むチカラ

アート思考とは「藝術家のように思考する」ということですが、「ちがい」を生み出す思考法である、と言い換えることもできます。そしていまアート思考が求められている背景には、価値のパラダイムの変化があります。

日本はすでに成熟市場です。ほしいものはなんでも手に入り、ニーズは飽和し、多様化しています。発展途上の市場では需要に対し供給が足りていませんから、人がほしいものははっきりしています。しかしそれが満たされると、ほしいものは人によってバラバラになり、ニーズは曖昧になります。

市場の成熟と飽和によって、価値のパラダイムが変化したと僕は考えていて、これを「工場」パラダイムから「アート」パラダイムへの変化と呼んでいます。

「工場」というのは、製造業に典型的なパラダイムです。日本が高度経済成長を遂げ、ジャパン・アズ・ナンバーワンと言われた時代は工場のパラダイムが全盛でした。

工場では「おなじ」が価値です。たくさんおなじ製品をつくれるのがよい工場であり、一方で「ちがい」が生まれると不良品や欠陥として扱われます。

市場がまだ成熟していない時代にはニーズはある程度決まっていて、人々が求めるものは「おなじ」でした。「おなじ」モノをたくさんつくることが競争優位性になった、「つくれば売れた時代」だったのです。