※本稿は、齋藤孝『「気づき」の快感』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。
齋藤孝流「不適切にもほどがある!」の楽しみ方
2024年のはじめに『不適切にもほどがある!』(TBS系)という宮藤官九郎さん脚本のテレビドラマが大きな話題となりました。私も当時、毎週楽しみに視聴していた作品です。
ドラマの第七話では、昭和の時代からタイムスリップした純子(河合優実さん)が、美容院で現代風に髪を切ってもらい、美容師のナオキとデートをするシーンが描かれていました。
2人はデートの終わりにレストランで食事を楽しむのですが、ナオキがスマホを落としたために支払いができず、暴れた純子は警察に捕まってしまいます。そして留置場(牢屋)で2人はキスを交わします。
昭和に帰った純子が、令和に持ち帰ったデジカメを見ると、撮ったはずの写真は消えてなくなっていました。令和の思い出を尋ねられた彼女は「一番よかったのは牢屋、かな」と答えるのです。
映画についてある程度の知識があり、「宮藤官九郎さんなら、何かを仕込んでいるはず」と思えば、これらのシーンが『ローマの休日』という映画作品のオマージュであると気づきます。
“牢屋”と“ローマ”をかけている
『ローマの休日』では、ヨーロッパ某国のアン王女と、アメリカの新聞記者であるジョーが人目を忍んでデートを楽しみます。王女が美容室で髪を切ったり、バイクの暴走で警察に捕まったりするシーンも描かれます。
ジョーはカメラマンが撮影した2人の写真を記事にしないことを決断し、写真は王女に渡されます。記者会見で一番楽しんだ訪問地を聞かれ、王女は「断然、ローマです」と答えます。
宮藤さんが、これらのシーンを自分の脚本に反映したのは明らかです。
『ローマの休日』を鑑賞した上で、『不適切にもほどがある!』を見ると、どの場面がどのように引用されていたのかがわかります。特に純子のセリフで“牢屋”と“ローマ”をかけているところに、おかしさがあります。そこに気づくかどうかで、ドラマの楽しみは大きく変わります。
ネット上では、パロディに気づいた人が自分の気づきをSNSに書き込み、気づかなかった人が「なるほど」と反応する様子が見られました。私の周囲にも、『不適切にもほどがある!』を楽しみながら、『ローマの休日』を見たことがないという人がいたので、即座に「すぐ見たほうがいいよ」とアドバイスしました。
古典を知っておくと、「これはあの作品のオマージュだ」と気づきます。気づく面白さがあるだけでなく、古典には引用されるだけの魅力があることにも気づくことができるのです。