20年間の井戸県政の「ひずみ」解消に動く

斎藤氏は、東大経済部から総務省に入省し、2018年からは大阪府に出向。財政課長のとき、松井一郎府知事(当時)の知遇を得た。
  2021年に20年続いていた井戸敏三兵庫県知事が退任したのを機に、日本維新の会と自民党の推薦を受けて県知事選に出馬し初当選した。

すぐに彼は知事直轄の組織「新県政推進室」を新設して動き出す。メンバーは小橋浩一氏、井ノ本知明氏、原田剛治氏、副知事の片山安孝氏らで、先の「牛タン倶楽部」といわれる旧知の仲間たちである。

当時の県庁内には、井戸県政による「ひずみ」への不満が漂い、「リスクを冒さない行政手法。硬直化した人事。時間がかかりすぎる内部手続き――。ある管理職の男性は『ひずみ』をこう表現する。斎藤知事らがそれらを変えようとしている姿勢に『共感していた』と振り返る」(朝日新聞9月7日付

井戸県政の痕跡を消すためか、「斎藤知事は1期目後半に入り、井戸前県政の目玉事業であった『老朽化に伴う県庁舎の建て替え、新設』を取り止めてしまった」と、プレジデントオンライン(9月9日 7:00)でジャーナリストの小林一哉氏が書いている。

「4割出勤」を打ち出すも職員に不評

斎藤知事のいい分は、小林氏によれば「もとの計画は約700億円の事業費だった。現在の物価高騰を試算すると1000億円を超える。新庁舎建設は県民の理解が得られない」というものだったという。

県議会は強く反発したが、斎藤知事は聞く耳を持たなかったそうだ。そこで斎藤知事が新たに打ち出したのが、1、2号館の撤去・解体に伴い、県職員たちの「4割出勤」だったという。

「1、2号館の撤去・解体で行き場を失う職員約2500人について、職員の出勤を週2日として、残りの3日を在宅勤務とすれば、職員の出勤率が4割程度となり、約1000人の出勤におさめることができる。『4割出勤』の職員約1000人は3号館や生田庁舎などの既存施設に分散して働けばいいというのである。

コロナ禍の働き方改革で、在宅勤務やテレワークがふつうとなり、『4割出勤』であっても県庁の行政事務を十分にまかなえるというのが斎藤知事の考えだった」(小林氏)

だが、この施策は職員たちに評判が悪く、約7割が在宅勤務のテレワークで業務効率が低下したと不満を漏らしたらしい。だが斎藤知事は4割出勤を推進する姿勢を変えなかったというのだ。