フェラーリ・ジャパンの立ち上げに関わったワケ
かつて、日本では高級車を乗り回すことに「お金持ちが見せびらかしている」と眉を顰められた時代がありました。販売会社も非常に限られている。そんな時代に、たった4カ月で15人のベテランを新たに採用しなければならない……日産や三菱自動車などの大衆車メーカーを歩んできた私は、高級車のフィールドに足を踏み入れるやいなや正念場を迎えます。2008年3月から始まったフェラーリ・ジャパンの立ち上げで、私は「本当にできるのか」と焦りと共に過ごしていました。
アストンマーティンリージョナル・プレジデント(アジア)。1965年、アメリカ生まれ。サウスカロライナ大学や早稲田大学で学んだ後、日産自動車に入社。フォード、三菱自動車、フェラーリなどを経て、22年より現職。
当時の私は日産や三菱自動車でのキャリアを経て、クライスラーの本社で中国の生産パートナーを探して交渉する仕事を担当していました。出張で台湾に滞在していたとき、三菱時代に一緒に働いていたアメリカの友人から電話がかかってきたのです。
「フェラーリ・アメリカのマーケティング担当がアジア・パシフィックの責任者に就任することになり、日本の自動車業界に詳しい人を探している。真っ先にグレッグの顔が思い浮かんだんだ。興味はないかい?」
今だから言えますが、私はフェラーリに関心がありませんでした。フェラーリは、素晴らしいクルマです。しかし、4000万円の価格なら、いいクルマをつくれるのはあたりまえ。100万円とか200万円でいいクルマをつくることのほうがチャレンジングであり、困難だからこそワクワクします。
ただ、学生時代から暮らした日本での仕事には心が動かされました。オファーされたのは、中国を中心に11カ国で、商品の販売価格を設定するマーケティングが3割と、日本法人の立ち上げが7割。日本の自動車業界でまた働けるならばと、最終的に転職を決断しました。
08年、久しぶりに日本に戻ってきたのも束の間、私は大きな問題に直面します。それまで日本では、30年以上にわたってコーンズがフェラーリの総代理店を務めてきました。日本法人設立に伴って総代理店から販売やサービスを引き継ぐことになりますが、準備期間が短く、スタートから躓くおそれがあったのです。
たった4カ月間で日本法人を構築する
日本法人の設立は3月3日でした。一方、コーンズとの総代理店契約は6月末で終了します。7月1日には日本法人だけで回せる体制をつくらないとお客様に迷惑をかけることになります。4カ月の間に新体制を構築することが私に課せられた責務でした。
高級車は大衆車に比べて販売台数が少なくてもビジネスが成り立ちます。そのぶん必要な人数は少なくていい。
ただし、頭数が揃えば誰でもいいというわけにはいきません。大手メーカーは業務が細分化されているのでそれぞれの領域の経験者を採用すればいいのですが、15人規模だと一人が何役もこなさないと回りません。オールマイティーにこなせる幅広いスキルと、複数の業務を並行して処理できるマネジメント能力、そしてそのような職場での働き方に喜びを感じられるエネルギーの高さ。これらを備える人材でなければ、採用したところでかえって混乱が起きかねません。
高級車ビジネスの経験も必要でした。高級車は、信頼がものを言う世界です。同じ能力を持った人だと、若くてフレッシュな人よりも経験や実績のあるベテランのほうが安心感を与えられます。
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