教職員個人に高額の賠償を請求する裁判も
夏になると、プールの水が出しっぱなしになっていたという事件がたびたび起こります。
学校の教職員に不注意があり、プールの水を出しっぱなしにしたという場合、そのプールのある公立学校を運営する自治体や学校法人が一次的には溢水(※水があふれ出ること)した分の水道料金も含めてすべての水道料金を負担することになります。教職員個人の側ではなく、学校側が水道の水を出してもらう給水契約を締結しているからです。
ですが、近年、溢水した分については、ミスをした教職員「個人」が負担すべきだとして、現に、教職員個人に対して高額の賠償が請求されるという裁判も起きています。
最高裁は諸事情を考慮してミスした個人の責任を限定
では、教職員個人は、損害賠償責任を負わなければならないのでしょうか。
この問題については、特に公立学校の場合には、自治体が溢水した分まで税金で負担するのは問題であるから教職員個人が溢水した分を全額負担すべきだという意見もあれば、他方で、教職員個人がそのような責任を負うのはあまりに酷だという意見もあります。
このような意見の対立について、最高裁判例(最判昭和51年7月8日民集30巻7号689頁・茨城石炭商事事件判決)は、どちらの意見が絶対的に正しいというのではなく、意見の対立を調整するかのような一般論を提示しています。
この判例は、直接にはプールの水を出しっぱなしにしたケースではありませんが、水の溢水の事例にも前提となるものとして妥当する重要な判決です。以下、その一般論の部分を引用します。
「使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により、直接損害を被り又は使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被つた場合には、使用者は、①その事業の性格、②規模、③施設の状況、④被用者の業務の内容、⑤労働条件、⑥勤務態度、⑦加害行為の態様、⑧加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度、⑨その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解すべきである」(①~⑨は引用者)
このように、最高裁は、①~⑨の諸事情を考慮して、損害の公平な分担という民法709条以下(不法行為法)の基本的な原理や信義則(民法1条2項)という観点から「相当と認められる限度」で被用者個人の損害賠償責任を限定しており、この判例の一般論が、プールの水を溢れさせた教員個人の損害賠償責任を限定する場合にも使えるということになります。