かつて心臓手術では、入院期間が1~2カ月かかるのは当たり前だった。しかし、心臓外科医・渡邊剛さんが世界初の「内視鏡での心臓手術」を成功させたことで、いまでは術後3日で退院できるようになった。渡邊さんの著書『心を安定させる方法』(アスコム)から、心臓手術の軌跡を紹介する――。
「大きく切る手術」は医師にとってラク
心得 「常識」は永遠には続かない
「名医ほど大きく切る」
医療を扱ったドラマや漫画で、こんな言葉を耳にしたことがある方もいるかもしれません。昔の医療現場では実際に、そんなふうに言われていました。
本当にそうだろうか? と、私はずっと疑問に感じていました。
バイパスを1本つなぐだけの手術で、なぜ大きく切る必要があるのか?
手術は、医師の固定観念にとらわれて行われるべきものではありません。患者さんの病気を治す、病状を改善させる、さらには術後の回復を早めることが大前提です。ならば、切るのは最小限にとどめる必要があるのではないかと。
大きく切れば、手術はしやすい。でも、それでは患者さんの術後の回復が遅れる。小さく切るなかで的確な手術を行うことこそが、外科医に求められることだと思いました。
医療現場で患者さんたちに接していると、さまざまなことがあります。思わぬ事態で、心が痛くなったこともありました。
入院期間が長くなり会社を解雇された患者がいた
まだ私が医者になって間もないころのことです。胸骨正中切開で、たった1本の冠動脈バイパス手術を受けた患者さんの回復が遅れたのです。入院期間が長くなり、職場復帰までに時間がかかりすぎたため、その患者さんは会社から解雇を言い渡されてしまいました。理不尽なことだと感じると同時に、私にとって考えさせられる出来事でもあったのです。
私は、冠動脈バイパス手術における小切開のやり方を模索し、さまざまな方法を開発しました。以前なら正中切開をしていたのを、わずか6~7センチ程度の切開での手術を可能にしたのです。