今回の台湾地震でも、官民が同じ防災LINEグループに入っていて、いざというときの情報共有はリアルタイムだ。ネットや電話回線の復旧も早かった。

台湾が円滑に対処したことに、私自身は驚きはない。台湾人は中国との関係で、明日の命はわからないという緊張感に晒されているからだ。危機が起きたときにどのように動くべきか、普段から準備ができているのである。

私が台湾のアドバイザーを務め始めた李登輝総統時代は、まだ戒厳令下にあり、夕方5時になるとサイレンが鳴り響き、海で遊ぶ人たちが一斉に引き上げていた。台湾の友人家族は、一人ひとりの「国籍」が違っていた。アメリカ、カナダ、イギリス、日本。万が一のときに海外に脱出して家族を呼び寄せるためだ。対立する共産党の中華人民共和国の国籍を持たせている家族もあった。台湾人はそれくらい危機意識が高く、したたかに生きている。

それを思えば、地震に対して万全の体制を整えているのも自明だ。今回の台湾地震も、1999年に起きた「921大地震」で得た教訓を生かしていることも大きい。台湾の知人に話を聞くと、921大地震のことをはっきりと覚えていた。

台湾の繁栄は李登輝氏の功績

今、世界の半導体産業が台湾パワーを中心に回っているのも、危機意識の高さと無関係ではない。

いつでも海外に脱出できる「台湾人」は、海外留学にも積極的だ。かつて台湾のエリートはこぞって日本の大学に留学したものだったが、近年は主にアメリカを目指すようになった。実はそうやって渡米した人やその子どもたちがアメリカで起業して成功を収めているのだ。

その一人が、今世界中で注目を集めている半導体メーカーのエヌビディア(NVIDIA)を創業したジェンスン・フアンだ。フアンは台湾・台南市生まれで、9歳でアメリカに移住。スタンフォード大学で修士号を取り、93年、30歳でエヌビディアを立ち上げている。

エヌビディアは3Dグラフィックなどの高画質を処理するGPUのトップメーカーだ。高性能のGPUはもともとゲームや映像制作などの限られた用途しかなく、エヌビディアも知る人ぞ知る企業にすぎなかった。しかし、センサーの画像を瞬時に処理する必要がある自動運転技術の普及とともに注目されるようになった。さらに、マルチモーダル(文字だけでなく、画像、音声、動画を一度に処理すること)が必要なAIの性能もCPUではなくGPUが重要である。そのためAIブームに乗って、業界ナンバー1のエヌビディアは爆発的に売り上げを伸ばした。今や時価総額はマイクロソフト、アップルに次いで世界3位。破竹の勢いだ。

台湾人がアメリカで起業して成功を収めたケースはフアンが初めてではない。有名なところでは、ヤフー(Yahoo!)を立ち上げたジェリー・ヤンも台湾系の移民である。

ジェリー・ヤンやジェンスン・フアンなどのシリコンバレー起業組の特徴は、アメリカ国籍を取って台湾に戻らないことである。しかも成功してしばらく経つと、自分はタイワニーズ(台湾人)ではなくチャイニーズ(中国人)と名乗り始める。中国人だと言えば、企業誘致したい大陸の中国の役人や実業家もバックアップしてくれる。

半導体業界を引っ張る台湾パワーは、シリコンバレー起業組ばかりではない。世界最大の半導体ファウンドリ(受託製造企業)は、台湾企業のTSMCだ。同社が熊本県菊陽町に工場を建てる計画を発表した途端に地価が高騰。隣町の大津町の地価上昇率は全国1位になるほどのインパクトだった。

TSMC北米本社(米国カリフォルニア州サンノゼ)
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TSMCを創業したのは、実は台湾人ではない。中国浙江省出身のモリス・チャンだ。モリス・チャンはアメリカに留学してIT企業に就職。当時の半導体トップメーカーの一つ、テキサス・インスツルメンツに転職して製造部門で頭角を現した。