ますます深刻化する日本の人手不足問題。労働市場研究の専門家・古屋星斗氏は、すでに医療・介護、物流、建設などの現場からは「これ以上もたない」と悲鳴が上がっているという。人手不足問題に詳しい経営コンサルタントの冨山和彦氏は「フルタイム」を前提とした昭和のモデルは事実上、崩壊したと指摘する。日本はいま転換点を迎えているという2人が、人手不足時代の課題と希望を語り合う。

重要なのは“1時間あたり”の生産性

【古屋】日本はいま、社会全体に必要な働き手の数を確保できない状況になっており、企業の業績や景況感とは関係なく人手が不足する「労働供給制約」の時代を迎えています。これからの時代は、企業の経営におけるKPI(重要業績評価指標)も大きく変わっていくのではないでしょうか。

私は今後、日本の企業にとって重要な価値のバロメーターになるのはROI(Return On Investment=投資利益率)ではなく、ROLI(Return Of Lavor Input=労働投入量利益率)ではないかと考えています。

【冨山】付加価値を時間で割ったものですから、重要なのは「労働生産性」ということですね。

【古屋】経営指標にもなっていくということです。労働投入量に対して、どれだけ成果や価値を上げられるか。重要なのは「人の数」ではなく「時間」です。

【冨山】いまは誰もがフルタイムで働いているわけではないですからね。

【古屋】今後、高齢者が増えていくと、短時間労働の人も増えます。そう考えると、ポイントとなるのは「1人あたりの」ではなく「1時間あたりの売上や生産量」です。

【冨山】8時間ぴったり働く人は減り、兼業をする人は増えていきます。ですから、「1人あたり」を指標にしてもまったく意味がないんです。あくまでも「時間」で見ないといけません。

【古屋】「日本の1人あたりのGDPが20年間増えていない」などと報道されることがありますが、あれは意味のない分析です。就労者に占める高齢者の割合が増えているのですから、「1人あたり」が増えるわけがありません。

【冨山】総投入労働時間を考慮しなければいけませんね。

【古屋】働く高齢者が増加しているので、トータルの労働時間はむしろ増えています。65歳以上の人は平均週25時間程度の労働時間で、これは現役世代の平均週38時間と比べると短い。しかし、それでも重要な担い手です。0か1ではなく、その間で柔軟に働ける社会をつくる必要があります。

昭和のモデルは完全終焉

【冨山】リモートワークや兼業が浸透してきたように、これからは毎日会社に出勤して定時まで働く「フルタイム・フルライフ」というタイプの仕事が減っていくでしょう。ホワイトカラーが衰亡していくということは、そういうことなんです。

だからこそ、ノンデスクワーカー、エッセンシャルワーカーの人たちは、必然的にフルタイムではなく兼業型になっているわけです。育児をする人も同様に、子育てをしながらフレキシブルに働いています。

【古屋】介護もそうですね。現代人は「労働だけ」「家事だけ」ではなく、本当にさまざまな役割を果たすようになっています。

【冨山】「フルタイム・フルライフ」を前提とした昭和のモデルは事実上、崩壊してしまっています。そこにいくら回帰しようと思っても絶対に戻りません。その前提で新たなモデルを考えていかなくてはいけません。

【古屋】これまで国の政策は、なんでも「フルタイム」で考えてきました。労働政策も企業に雇用されている労働者1人あたりで立案されていますし、家族制度や家族の支援策を全部「1人あたり」で考えて制度設計をしてしまっている。

【冨山】「経路依存」(昔うまくいっていた制度や仕組みが機能しなくなっているのに変えることができず、過去の経緯や歴史に縛られる現象)が生じてしまっているんですよ。しかし、いまが大事な「転換点」なんです。圧倒的な人手不足によって昭和のモデルがいよいよ“完全終焉”を迎えているのですから。

【古屋】転換後の日本社会に生きていると私は考えています。

冨山和彦さん
撮影=大沢尚芳
冨山和彦氏