日本は「令和の転換点」を迎えている
【古屋】これまで日本が経験してきた人手不足は、景気がいい時に景気がいい業種で起こってきました。しかし、現在起きている人手不足は、景況感や企業の業績とはあまり関係がない“生活維持サービス”で起こっています。
さらに、私たちリクルートワークス研究所の労働の需要と供給のシミュレーションでは、2040年には日本で1100万人の働き手が不足するという結果が出ています。
この構造的な人手不足を私たちは「労働供給制約」と呼んでいるのですが、必要な働き手を確保できなくなれば、私たちの暮らしを支える生活維持サービスの水準も低下し、いずれ消滅する怖れもあります。
【冨山】同意見です。今回の人手不足は生産年齢人口の減少、つまり若い働き手がいなくなってしまっていることが原因です。景気がよくなろうが悪くなろうが、日本は人手不足なんです。
【古屋】私は日本がいま、大きな転換点に入っていると強く感じています。
ノーベル経済学賞を受賞したアーサー・ルイスは1954年、「ルイスの転換点」と呼ばれる概念を提唱しました。彼は経済発展・工業化が進むにつれて農家や小規模商店、家庭内従事者を中心に労働者が都市部に移動し経済が成長するが、こうした余剰労働力が使い果たされると、今度は賃金が上昇し始めると指摘しました。
私はいま、日本が近代以降の人口動態に起因する2回目の転換点、「令和の転換点」を迎えているのではないかと考えています。今回トリガーを引くのは、高齢者人口比率、特に85歳以上の人口比率の高まりだと思っているんです。
【冨山】まったく働かなくなってしまう年齢層ですよね。じつは日本の高齢者労働者率は世界有数の高さなんです。男性だと60歳以上の40~50%が働いています。
【古屋】そうなんです。
低賃金・長時間労働モデルは、もう通用しない
【古屋】ほかにも、賃金が上がり始めたり、なぜか物価が上がり始めたり、いろいろな意味で日本は転換点を迎えています。これまで企業が取ってきた経営戦略も、通用しなくなる時代が来ていると思います。
【冨山】ある意味、「コペルニクス的」に戦略を転換しないとダメです。30年ものデフレの間、多くの産業が低賃金・長時間労働で人件費を抑え、安値で受注して競争を耐え忍ぶというやり方でしのいできてしまった。
でも、そんなモデルは、はっきりいってもう通用しません。極論をいえば、チープレイバー(低賃金の労働者)に依存しなければならない産業は、そもそも必要ないんです。社会機能としてどうしても必要な場合は、供給が足りていないんだから値上げをすればいい。それが「市場原理」なんです。本当に必要だったら、みんなお金を払いますから。
【古屋】おっしゃる通りです。労働の供給量に制約がかかるわけですから、これまで30年間の経営の勝利の方程式であった、安い労働力を活用して安く売るという成功則が通用しなくなってしまう。
【冨山】実際、少し前まで「3K職場」などと言われて敬遠されていた建設従事者も、いまはすごく日当が上がっています。人件費を上げてでも、建物をどんどん建てたいわけです。このように、労働供給が足りなければ通常は賃金が上がっていきます。上がらないのは、公定価格などで抑えられてしまっている職種くらいでしょう。
【古屋】介護や医療などがまさにそうですよね。
【冨山】同じ建設業であっても、地方の道路建設などの賃金は抑えられています。だから入札に参加する事業者がいない入札不調みたいなことが起きてしまっているんです。
【古屋】地方の建築会社は、官公需、つまり国や自治体から受注する公共工事がメインだからですね。
【冨山】そんな低賃金の仕事をやりたがる人はいないですからね。安い日当で歯を食いしばって働くくらいなら、都市部の民需の仕事のほうがはるかにお金をもらえますからね。若くて体が動く人は当然そちらに行ってしまう。そうした結果、地方の道路はボロボロになってきているわけです。