陸海軍の暗号は次々と解読されていった

【茂田】ところが、「ブラックチェンバー」は1929年に当時の国務長官の意向で廃止されてしまいます。他方、1930年、陸軍がシギント(コミント)機関を発足させ、日本の外交暗号の解読に取り組んでいます。日本外務省は1935年に機械式暗号機「A型暗号機」(レッド)の運用を開始しますが、1937年には陸軍のシギント機関に解読されています。

また、後継機の「B型暗号機」(パープル)は1939年に運用を開始しますが、これも1940年末には解読されています。第二次世界大戦開戦前に日本外務省の暗号通信が解読されていたのはこれも有名な話です。また、この他に日本外務省は暗号書を使った旧来型の暗号も使っていたのですが、こちらも解読されていました。

それに、日本海軍の暗号も解読されていました。日本海軍の暗号解読は、第二次世界大戦の直前に始まったのではなく、アメリカは第一次世界大戦後から継続的に日本海軍の暗号を解読しています。

まず、米国海軍の情報部が、1922年に1回、1926年から1927年の間に1回、合計2回ニューヨークの日本領事館に侵入して、海軍武官用の暗号書を盗写しています。海軍のシギント(コミント)機関は、この海軍武官用の暗号書の盗写と、理論分析を駆使して1920年代、1930年代と海軍暗号を断続的に解読しています。

また、帝国海軍は1939年に新しい暗号、海軍D暗号の運用を開始したのですが、これも開戦直後の1942年1月には解読されました。

こういう連綿と受け継がれてきた暗号解読の伝統の下にあるのがNSAなのです。

米メリーランド州にあるNSA本部
米メリーランド州にあるNSA本部(写真=National Security Agency/PD-USGov-NSA/Wikimedia Commons

なお、海軍情報部は、1930年代後半にもニューヨークの日本領事館に侵入して、今度は、外交暗号書を盗写して、こちらは陸軍のシギント機関に提供しています。

インテリジェンスの戦いで敗北した日本

【江崎】要は、インテリジェンスの戦いで日本は敗北したわけです。言い換えれば、インテリジェンスを重視したアメリカは本当に見事なものです。

【茂田】実に見事です。

暗号解読についてお話ししてきましたが、実は、シギント分析の重要な技法はもう一つあります。通信状況分析(Traffic Analysis)という技法です。

これは通信文の内容は分からなくても、通信の外形的な状況、つまり何日何時何分にどこからどこへ通信がなされたかを大量かつ精緻に分析することによって、暗号解読にも劣らない情報を取り出す技法です。これは本書の第3章で説明しますが、シギントと言うと、イコール暗号解読と考える人が多いので、ここで指摘しておきたいと思います。