天性の「おじさん転がし」
きわめつけは、主役しかオファーを受けないと噂だった織田裕二を脇に、沙莉が主演した「シッコウ‼ 犬と私と執行官」(2023年・テレ朝)だ。織田はおじさん執行官を演じたが、変な角がとれてまろやかになっていた(好演!)。余計な感情や気遣いを排除した沙莉の引き算の演技がそうさせたのではないかと思った。
おじさんと若い女性のコンビは星の数ほどドラマ界でも描かれているのだが、媚びや甘えや遠慮は作品を台無しにする。演者が「男と女」ととらえてしまう時点で気味の悪い関係に見えてしまう。沙莉の塩対応は「人と人」。好意ではなく敬意を感じさせる芝居は、コンビの相性を確かなものにしてくれるのだ。
父への思いを想起しないでもないが、沙莉の「おじさん転がし」(変な意味じゃなくて)の妙技は、おそらく今後も確認できる作品がたくさん出てくるだろう。
他にも沙莉の好演作品はたくさんある。映画『ホテルローヤル』のブーツが死ぬほど臭いが不遇を笑い飛ばす女子高生役や、「全裸監督」(2019年・Netflix)で不安を抱える女優たちを精神的に支えるヘアメイク役、「獣になれない私たち」(2018年・日テレ)で演じた無責任&逃げ足の速い同僚役など、クセも芯もアクも強い女を多数演じてきた。
こんなに賢くて公平な朝ドラヒロインはいなかった
コメディだけでなく、シリアスな作品では不遇に耐える女性のひたむきさや健気さも体現。藤田弓子と共演した「北斗 ある殺人者の回心」(2017年・WOWOW)では、振り幅が大きいだけに新鮮味もあり、沙莉のポテンシャルを改めて認識することとなった。
そのうえで培ってきたのは「なりきる力」「しゃべり倒す臨場感」「全力で真剣にふざける姿勢」「塩対応の現実味」「ボケる筋肉」「ツッコむ速度」「記憶に残る顔芸」「異を唱える心地よさ」「男所帯でも迎合しない芯の強さ」といったところか。
こうして並べてみると、「虎に翼」の猪爪寅子のキャラクターが浮かび上がる。寅子に必要なエレメントが沙莉の持ち味ですべて埋まる感じがしてならない。
疑問を感じたら即座に「はて?」と口にする。感情的になる場面も多少はあるが(虎……というよりは猫のように爪をたててシャーッと威嚇するスタイル)、基本的には理路整然と反論し、丁寧に主張の根拠を説明する。喧嘩ではなく議論、優劣や上下で語らず対等を求める、そんな賢くて公平な朝ドラヒロインがかつていただろうか?
この先の重圧は相当だと思うが、沙莉なら大丈夫。盤石の安定感には太鼓判をおす。自信をもって、寅子の翼をはばたかせてほしい。