現役引退後の苦悩

では、元選手の実態はどうなのか。現役選手を引退した選手たちを取材した。

自動車メーカーに勤務しているAさん(30代後半)は、引退後のことはあまり考えていなかったという。現在はエンジニアとして働いているが、「大学は理系でもなかったですし、社業に専念することになって、正直しんどかったです。周囲は東大をはじめ、超エリート校の理系出身ばかりですから。とにかくエンジニアとしての知識がないので、言葉がわからないんです。引退直後は、まったく仕事ができない自分に落ち込みましたね。右利きの人が、これからは左利きとして生きていく、そんな感覚だと思います。ただ高校・大学は体育会系のなかで踏ん張り、這い上がってきた人間なので、根性だけは負けません」と選手時代に培ってきた忍耐力でピンチを乗り越えている。

別の自動車メーカーに勤務して、30歳過ぎまで競技を続けたBさん(30代前半)は、「現役の頃は、雑用係じゃないですけど、お手伝いという感じの仕事しかしていませんでした。今の仕事は大変か大変じゃないかと言われると大変かもしれないんですけど、それすら自分のなかでは楽しんじゃえみたいな感じですね。正直、自分の年齢と職位に見合った仕事はできていないです。ただ仕事をする姿勢はけっこう評価してもらっています」という。明るいキャラクターが幸いして、職場ではムードメーカーになっているようだ。

一方、競技の世界では中学時代からエリート街道を突き進んできたCさん(20代)は、20代半ばで競技を引退。数カ月ほど勤務を続けたが、地元の大企業を退社して、大学院に進学した。

「人生、陸上しかほぼやってこなかったので、社業に専念するようになって、ストレスがたまりましたね。部署は変わらなかったんですけど、仕事が全くわからないんです。職場はすごく優しい方ばかりだったので、迷惑はかけられないと思って、死ぬ気でやりました……」

仕事のストレスから毎晩、ストロング缶を飲むようになり、土曜日は飲み会、日曜日は寝て過ごす日々が続いたという。

酒井政人『箱根駅伝は誰のものか 「国民的行事」の現在地』(平凡社新書)
酒井政人『箱根駅伝は誰のものか 「国民的行事」の現在地』(平凡社新書)

「陸上にこだわって会社を選んだので、仕事のことは考えたことがありませんでした。現役中は仕事をほとんどお願いされなかったんですけど、もっと仕事をやるべきだったと思います。学生時代の自分には、将来のビジョンを考えて行動しろよ、と言いたいですね」

今や絶対的な人気を誇る箱根駅伝。選手が任された区間を走り切って倒れ込む……そんな光景が視聴者や沿道の人々の胸に刺さるのだが、走り終えてしまえば、ただの人だ。それは、社会人の実業団も同じだ。

学生時代を人生のピークにしてはいけない。シューズを脱いだ後の人生の方がずっと長い。そうした意識を念頭に置いて、長距離に強い中学・高校・大学生には自らキャリアを構築してほしい、と筆者は願っている。

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