悪化していく家庭環境

建設会社の作業員だった父親は、谷中さんが10歳の頃、父方の祖父から伯父(父親の兄)が継いだ会社を突然任されて社長になった。しかし数年後、伯父が愛人に入れ込んで会社の資金を使い込んでいたことが発覚。まもなく会社は倒産し、父親は別の建設会社に就職。多額の負債を抱えることになった。

「子どもだったのであまり詳しく聞かされていませんが、父が対外的にはお人好しで、おだてに弱いから騙されたんだと母はしきりに言っていました。それ以来、ガラの悪そうな人が自宅を訪ねて来ることが多くなり、家の雰囲気がますます悪くなっていきました」

それまで住んでいた家は母方の祖父母宅の隣だったが、家を担保に借金をしていたため、手放すことになってしまう。両親と子ども3人が隣の母方の祖父母宅に転がり込むことになり、狭い祖父母宅での生活が始まった。

母親は養女だったため、母方の祖父母は母親にとって実の両親ではなかった。

「母方の祖父は短期で気性が荒く、祖母は少しも笑わない気難しい人。子どもの頃の私にとってとても怖い人たちで、母が愛されて育ったとはとても思えませんでした」

もともと仲が良くなかった母方の祖父母と両親は、この同居でますます険悪になっていく。

「激怒した祖母が父を掃除機の柄で殴ったり、泣いている母の横で父と祖母が口論したりするのを見かけたこともありました。祖母と母は、家事の分担やお金のことでいつもお互いに悪口を言い合っていましたが、そうかと思うと私の悪口を言って2人で盛り上がっていることもありました」

母親は数少ない友人が経営する本屋のパートに出るようになったが、その友人にいじめられるようになり、駅の売店のパートに変わった。

多額の負債を抱えてからというもの、谷中さんの両親は次第に口論が増え、母親や子どもたちに対する父親の暴言や暴力はより激しくなっていった。

母親が父親に殴られるとき、兄も妹も怖くて逃げ出したが、谷中さんだけは母親を庇った。しかし谷中さんが殴られるとき、母親は谷中さんを庇おうとしたことは一度もない。殴られて涙を流す谷中さんに、「あんたが反抗するからよ」と母親は冷たく言い放つだけ。それでも谷中さんは、「お母さんはお父さんが怖いから庇えなかったんだ。仕方がなかったんだ」と思い込もうとした。

母親と娘に向けられた父親の暴力
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高校生になった谷中さんは、父親から公務員になることを強要され、3年生の時に公務員試験を受験。見事合格を果たした。

ところが母親が合格通知書を失くしてしまい、採用取り消しになるのではないかと思った父親は激怒。そこに遭遇した谷中さんは、「私が失くしたのかもしれない!」と言って母親を庇おうとした。すると次の瞬間、母親は「そうよ! この子が失くしたのよ!」と言い、谷中さんの後ろに隠れた。

「さすがに耳を疑いました。何が起こったのかしばらく理解できず、現実を受け入れることができませんでした。それでもいつものように、『母はかわいそうだから、私が守ってあげたんだ』と思うようにしました。この頃の私は、思考のすり替えが随分うまくなっていました」