家を出たい

谷中さんは、家庭の悩みを誰にも相談しなかった。

「学校の先生や親戚には一切話していません。同居している母方の祖父母があんな感じでしたし、父方の祖父母も伯父も、倒産すると分かっている会社を押し付けるような人ですから……。学校の先生には話しても信じてもらえないだろうと諦めていたのと、当時はどこの親もそんなもので、自分の親が特別異常だとは思っていませんでした」

ただ友人には、軽く「親がウザイんだ」などと話したり、体育の着替えのときに父親に殴られてアザになった部分を見せることはあった。

公務員採用試験に合格した谷中さんは、就職と同時に家から出たかった。だが、最初の配属先が実家から近かったため、家を出る口実として両親を説得できず、泣く泣く断念。社会人になっても両親の束縛や干渉は続いた。

朝はちゃんと起きて身支度などをしていたのに、母親から「グズ」や「のろま」と罵られ、夜は21時には帰宅していないと父親から怒鳴られ、反抗すると殴られた。

「職場の男性に家まで送ってもらったと言ったら、両親にものすごく叱られました。せっかく親切にしてもらったのに、なぜ怒るのか意味がわかりませんでした。職場の男性から電話で、『今みんなで飲んでるから来ないか?』と言われたときは、電話の相手に聞こえるぐらいの大声で父から『行くな!』と怒鳴られ、とても恥ずかしかったです。運転免許を取得した後、職場の仲間とスキーに行ったのですが、やはり父から『危ない! 滑って事故したらどうするんだ!』と怒鳴られました。全て理由は、『心配だから』。そう言われたら逆らうこちらが悪い気がして、本当に息苦しかったです」

旦木瑞穂『毒母は連鎖する 子どもを「所有物扱い」する母親たち』(光文社新書)
旦木瑞穂『毒母は連鎖する 子どもを「所有物扱い」する母親たち』(光文社新書)

谷中さんは、監視するかのように過干渉で、頭ごなしに怒鳴る両親に辟易する。さらに、母親は、「○○ちゃんは親孝行で親思いの優しい子なのにあんたは……」「○○ちゃんは結婚したのにあんたは……」「○○ちゃんはもう子どもが生まれたのにあんたは……」と他人と比較し、おとしめてくる。

「兄妹比較も日常茶飯事でした。『○○くんの誕生日にはケーキ買ってお祝いしようね〜。あんたには買わないけど』『○○くんは産まれた時からかわいかったけど、あんたはサルの子かと思ったよ』などと、言わなくてもいいことをわざわざ言われ続けました」

やがて1年後、意を決して谷中さんが「一人暮らしする」と言うと、意外なことに両親はあっさり了承。父親は、「姿が見えない方がいい」と言った。(以下、後編へ続く

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