年配者には「今」がひときわ大事
そんなオスラーが残した名言の一つが、冒頭の言葉です。
タイタニック号沈没事件のあと、船は沈没防止のために、全体の各部分を厚い鉄の壁によって完全に隔絶する構造に変わりました。
英国から米国に講演に来たオスラーは、それを知って深く感動したのです。
彼は「あなた方は、3カ国の大学で教授になった自分を、すごい人物だと思うかもしれない。しかし、それは間違いです」と前置きして、船の各部分が鉄の壁でさえぎられる話をしました。
そして、「自分はそんなに偉大ではない。ただ、過去のことは鉄の壁で覆い、二度と思い出さないようにできただけだ」と述べています。
私は、「人生でも医学界でも最高の成功をしたオスラーにすら、忘れたいことが多くあったのだ。思い出しては苦しんでいることが多かったのだ」と思うと、なんだか気が休まります。
多くの先人が「過去を忘れなさい」と言っていますが、私も本当にそうだと思います。
振り返らずに今を生きよ。
年配者には「今」がひときわ大事。
昔にとらわれる時間はありません。
楽しかった昔に寄りかからず、悲惨だった昔も否定しない
若いうちの誤りは、きわめて結構だ。
ただ、それを年を取るまで引きずってはならない。
小説家 ゲーテ
江戸時代の禅僧、盤珪永琢禅師は、若い時に激しい修行で結核になり、死ぬ寸前になった時に吐いた血痰が壁を垂れていくのを見て、悟ったといわれます。
その盤珪禅師は、「記憶こそ苦のもとなり」と言われました。
禅には、このような「過去を思うな」といった教えが数多くあります。
江戸時代の禅僧、至道無難禅師も、「もの思わざるは仏の稽古なり」と言っておられます。嫌な過去を思い出さないようにすることも、悟りを得る道の一つだというのです。
達磨大師から数えて六祖にあたる、中国唐代の慧能禅師もそうです。
慧能はまったくの無学でしたが、道でお経を聞いて五祖、弘忍禅師の弟子になり、法を継がれました。弘忍は、慧能がほかの弟子たちにねたまれることを心配し、彼をひそかに寺から逃します。
それを察知した弟子たちは慧能を追いかけて捕らえ、「弘忍から得た悟りの内容を告げよ」と迫りました。
すると慧能は、こう答えたのです。
「不思善、不思悪」
つまり、「よいことも思わず、悪いことも思わないことだ」と言ったのです。