10年6月、スペインのマドリードで国際保険会議(IIS)が開催された。世界の保険業界関係者や監督官庁関係者などが集まる会議だったが、私は日本人として初めてそこで基調講演を行った。

日本生命保険相談役 
宇野郁夫 

1935年、大分県生まれ。59年東京大学法学部卒業後、日本生命保険入社。常務取締役国際金融本部長、代表取締役副社長などを経て、97年代表取締役社長、05年会長、11年7月より現職。

会議のテーマは「金融危機を乗り越えて」であった。いまだからこそ、価値の大転換をはからなければならない。そのために、我々が何をしなければならないのかということを話し合うのだ。私の講演のテーマは「精神性の復活」だった。

経済の専門家ではない私が、金融危機やその後の世界について語るには知識が不足していたため、会議の10カ月ほど前から経済学や金融危機に関する本を中心に読み漁り、勉強を重ねてきた。

勉強するうちにわかったことがいくつかある。一つは、それまで脚光を浴びていた多くのエコノミストたちが、金融危機を境にすっかり姿を消してしまったことだ。市場主義経済があたかもすべてを解決するかのごとく語っていた彼らの話が間違いだったことが、金融危機によって証明されたからだろう。

もう一つ気がついたことは、経済学の名著の復活である。市場主義を信奉するシカゴ学派が跋扈しはじめて以来、アダム・スミスやケインズといった経済学の古典が隅に追いやられていたが、いま、そこに再び光が当たっているのである。

1970年にノーベル経済学賞を受賞し、2009年12月に94歳でこの世を去った経済学者ポール・サミュエルソンの言葉はことに印象的であった。

生前、金融危機が起きた際に、彼は市場主義経済を痛烈に批判した。危機を深刻化させた金融工学を「モンスター」と切り捨て、「人間の心の目を封じた」と断罪した。「規制を緩和しすぎた資本主義は、壊れやすい花のようなもの、自ら滅びかねない」と警告している。