コラムニスト 島地勝彦(しまじ・かつひこ)
1941年生まれ。集英社入社後、「週刊プレイボーイ」「Bart」などの編集長を歴任し、柴田錬三郎、今東光、開高健など名だたる文豪たちと仕事を重ねた名編集者。2008年に退社後、現在はコラムニストとして活躍。著書に『乗り移り人生相談』など。
小説やノンフィクションは苦手。たまに読むのはビジネス書ばかりというあなた。名だたる文豪たちと数多の作品を手がけた名編集者にしてコラムニストが麗しき本の世界へ誘う。

いい本で偉人たちの「愚かさ」を知ろう

すぐれた本には「泣ける」面と「笑える」面の両方がしっかり備わっているものである。対極にある要素を併せ持つ――。それは、すぐれた本の登場人物にも共通している。彼らの多くは「ロマンティック」で「愚か者」である。崇高でありながら、同時に滑稽なほど愚かなのだ。わたしは、こうした本の中の登場人物たちに憧れ、彼らのような生き方を実践しようとしてきた。

島地勝彦氏

ロマンティックさは、すべてをなげうち、ひとつのことに取り組む姿勢から生まれる。政治、芸術、恋愛、ビジネス……、追いかける対象は人それぞれ違うが、徹底的にのめり込むところは同じ。でも、対象以外のことがまるっきり苦手だったりして、社会通念上は愚か者。彼らは感涙するような見事な成果を残すけれど、笑えるほどダメ人間だったりするのだ。

わたしたちの身の回りにも成功というロマンを追い求める人がいるでしょう。たとえば会社で仕事一筋に突っ走るタイプ。でも実際は、そんな人の大半が愚かな面を隠そうと小利口に振る舞いがち。そうすると、他人から愛されなくなる。

ついつい仕事で前のめりになってしまう人こそ、いい本を読んで泣き、笑おうじゃないか。それが、愛される人間になる第一歩である。これから紹介する本で、偉人たちの愚かな面を知れば、きっと肩の力が抜けるはずだ。

画家ゴーギャンをモデルにした『月と六ペンス』の主人公は最たるもの。イギリスで株式仲買人として成功していた中年が「絵描きになる」と言ってパリへ行く。現代でいえば、大手証券会社に勤める部長クラスのエリートが家庭や仕事をなげうって突然姿を消すようなもの。それ自体、愚行以外のなにものでもないけれど、その後も友人の妻を奪うなど道をはずしっぱなし。でも、主人公の高潔な芸術至上主義には胸打たれるんだよな。

ゲーテ、ナポレオン、ドストエフスキー、レーニンなどの伝記集『人類の星の時間』は名著中の名著。「人間には一瞬、星がきらきら光るような時がある」という視点で語られる12の短篇はどれも素晴らしいけれど、なかでも南極点初到達をアムンゼンと競い合った探検家スコットの章は印象深い。零下40度の世界を犬ぞりで疾走するっていうだけでも無茶なのに、競争に敗れ、食料が尽きて凍傷を負っても自尊心を失わないのだ。結局、ノルウェー人のアムンゼンは犬を食べて飢えをしのぎ帰還したが、動物愛護の精神に貫かれたイギリス人スコットは食べることをせず、帰らぬ人となってしまう。その頑固さは愚か者の極限である。

冒険物は大好きで、数限りなく読んできたが、最高峰は間違いなく『鷲は舞い降りた』だろう。第二次大戦中にチャーチル英国首相の誘拐を試みたドイツ軍人の話だが、実は「ロマンティックな愚か者」という言葉は本書で初めて目にした。わたしが求めているものはこれだ、という興奮を覚えた記念すべき本である。

ロシアの近代化の基礎をつくった『大帝ピョートル』、恋愛に突っ走って最期は絞首刑になった『赤と黒』のジュリアン・ソレル、成り上がることにすべてを賭けた『ゴリオ爺さん』のラスティニヤック……。わたしの英雄たちは、すべてロマンティックな愚か者だ。

編集者時代、たいへんお世話になった今東光大僧正は、英雄像を地でいく人だった。天台宗の僧侶であり、直木賞作家。参議院議員も務めた。女好きで大酒飲み、型破りな発言で知られるが、人一倍努力家でもあった。著作『毒舌日本史』を読むと、そんな一面が見える。

いい本を読むことは、人生を豊かにする。たまには登場人物や作者に思い切り感情移入してみなさい。そうすれば、悩みも少しは軽くなるから。