一方、同じ伝記物でも、小説家の長塚節を書いた『白い瓶』や小林一茶を描いた『一茶』は、若干読みにくい。藤沢さんの性分なのか、実在の人物を題材にすると、徹底的に調べ上げ、まるでルポルタージュのような作品に仕上がっている。そのため少々煩雑になってしまう傾向が感じられるのだ。
絶筆作品になった『漆の実のみのる国』では、財政が破綻して貧窮に喘ぐ米沢藩の立て直しに心血を注いだ上杉鷹山と執政たちの姿を描いている。
このような作品を、人の上に立つ者は、一体誰のために、何のために働くのか、そして本当の仕事とは、どういうことなのかといった視点で読めば、経営や仕事の本質をつかむのに非常に役に立つ。流行の経営書や、ハウツー本を読んだりするよりもよほどいいはずだ。
私は、今回の金融危機が起きた理由は世の中が急激に「無機化」してきたからだと思っている。そして、無機化した最大の要因はITというものが世界を席巻したことではないだろうか。人としての情感などまったく感じられない、無機質で安易な情報だけが氾濫する世界。
結果、人々から「歴史観」が失われつつある。歴史とはすなわち人間が長年培ってきた知恵の塊。それがいつの間にかないものとされ、過去の過ちにも多くの人が心をとめることすらなくなった。誰もが本来あるべき価値観を見失い、人間として持つべき「徳」というものもなくしかかっている。
世界を構成する一員として、私たち一人一人が取り返さなければいけないのは、やはり「精神性の高さ」なのだと思う。だからこそ、藤沢作品のように情感溢れる、有機的な文学を読むことを強く勧めたい。