>>前回のあらすじ】単純な二分法、自分の心のことだけを考えようという姿勢。それを人々が欲するためにベストセラーが生まれる。「自分らしさ」の繰り返しは、人々をどこに連れていくのか。

TOPIC-4 「自分らしさ」という資源

「心」系ベストセラーではしばしば、「自分らしく」生きようということが主張されます。「もっと開き直っていい。もっと、自分らしさを大切にしていい」(『折れない心をつくるたった1つの習慣』90p)というようなものです。これは近年の自己啓発書一般にそういう傾向があるといえるかもしれません。

自己啓発書を手にとる人は多かれ少なかれ、「自分らしさ」への悩みを抱えて書籍を手にとるのだと思いますが、ここに興味深いデータがあります。青少年研究会という社会学者の研究グループが行った、東京・神戸に在住する16歳から29歳の若者を対象としたアンケート調査のデータです。

調査結果によると、「自分には自分らしさというものがあると思う」という質問に、「そう思う」あるいは「まあそう思う」という肯定的な回答をした人の割合が、1992年調査では89.3%、2002年調査では85.9%とかなり高い数値が出ています(浅野智彦編『検証・若者の変貌 失われた10年の後に』勁草書房、2006)。1992年から2002年の間でやや肯定回答率は落ちているのですが、それでもこれは高い数値とみることができるはずです。

『検証・若者の変貌 失われた10年の後に』
 浅野智彦編/勁草書房/2006年

一方、「心」系ベストセラーは、もっと自分らしさをと主張するわけです。このギャップは不思議ですよね。考える糸口はいくつかあるかと思いますが、ここでは青少年研究会による他の質問の回答結果と、「心」系ベストセラーの傾向を合わせて手がかりにしてみたいと思います。

青少年研調査では、自己意識に関する別の質問も訊いています。そこでは、「場面によってでてくる自分というものは違う」(1992年の肯定回答率75.2%、2002年78.4%)、「どんな場面でも自分らしさを貫くことが大切」(1992年69.2%、2002年55.8%)、「自分がどんな人間かわからなくなることがある」(1992年43.0%、2002年45.9%)という回答結果が出ています。

つまり、この調査対象となった若者たちは、「自分らしさ」はそれなりにあると思っているのですが、その一方で場面ごとにその「自分らしさ」の出し方を変え、状況に応じて引っ込め、ときとして「自分らしさ」がよく分からなくなってしまうこともある、ということのようです。つまり「自分らしさ」はあるのだけれど、それは一貫したものでも、揺るぎないものでもないというわけです。「どんな場面でも自分らしさを貫くことが大切」の肯定回答が1992年から2002年で下がっていることを考えると、現在に近づくにつれ、「自分らしさ」は状況に応じて調整される程度を強めているようです。