>>前回のあらすじ】不安を取り除く、もしくは他人の心を操作する。これが最近の傾向だ。そこに震災の影響はほとんど見ることができない。なぜ「心」系の本には、外の世界が登場しないのだろうか。

TOPIC-3 「心」系の本はなぜ単純な構造になるのか

では、具体的に近年の「心」系ベストセラーの中身について考えてみたいと思います。以下も主に、2つのベストセラー傾向のうち、不安や苦しみを取り除こうとするタイプのものについてとりあげます。

この傾向の書籍群には、ある共通した世界観があるように思われます。たとえば、石原加受子さんの書籍に出てくる、怒りや恐れのきっかけとなる要因は、「意地悪な同僚」「嫌味な男性上司」「小言ばかりをいう母親」「悩みを分かってくれない友人」「自分を裏切る恋人」などです。もちろん、イライラの原因となる事例だからこそこうした人々が登場するわけですが、石原さんの書籍に登場する他人は概してこのように描かれます。

また、『「やっぱり怖くて動けない」がなくなる本』には、次のような一節があります。「(会社に行かなきゃと他者中心で考えるのではなく:引用者注)『体調が悪いなあ』と感じれば、『今日は休もう』と、“気持ちよく決断できる”でしょう」(76p)。あるいは、「私が電話を取りたいときは、取ろう。自分のペースで取ろう。私はひたすら、自分のことだけ見ていこう。相手がどうであっても、電話を取るかどうかは、私が決める。私の自由だ」(123p)という一節もあります。実際こうはなかなかいかないと思うのですが、「あなたはどっちのタイプ?」(77p)と二択が示されたうえで、自分の気持ちを大事にする方の選択が推奨されています。

小池龍之介さんの『3.11後の世界の心の守り方』では、「リアルな世界での承認は、たしかにサバイバルに役立つでしょう。けれどもヴァーチャルな世界のそれは、たいていの場合、そうした実質的な結果はともなわない赤の他人からによるものです。つまり、うわべだけ、その場限りのネット上だけでのことです」(77p)といった記述があります。他にも、「ほんとうの幸福、すなわち、『心が安らいでいられること』」(58p)といった箇所もあります。前者は、充実した現実世界と虚構に溢れたメディアの世界の対比が示されており、後者は、物質的な快楽を求める現代社会の描写を踏まえたうえで、それに対して小池さんが説く精神的な「ほんとうの幸福」が示されています。

このように、「心」系の自己啓発書ではしばしば、二分法的といえるような、かなり単純な世の中の切り分けをみることができます。石原さんの『「やっぱり怖くて動けない」がなくなる本』では、他者中心の思考をとる人はしばしば「『する・しない』『勝つ・負ける』『正しい・間違っている』『良い・悪い』『成功する・失敗する』というような『0か100』の“二極化思考”になりがちです」(128p)と書かれているのですが、当の石原さん自身、世の中についての見方が二極化思考になっているのです。

「リアルとヴァーチャル」を二分し、ソーシャルメディアを後者に位置づける小池さんにしても、実際のソーシャルメディアの利用がしばしば(というより、ありがちなこととして)リアルな人間関係の延長であるということを看過しているようにみえます。また、精神的な幸福と物質的な充足は、完全に独立して存在するものとは言い難いように思えます。