TOPIC-1 ビジネス書はいつから「心」を取り扱うようになったのか

ベストセラー・ランキングをさかのぼってみていくと、「ビジネス書」の顔触れは時代とともに様変わりしてきたことがわかります。トーハン(当時は東京出版販売)のランキングに「ビジネス」というカテゴリーが新たに創設された1980年代後半、ランキングに名を連ねていたのは次のような書籍でした。

大前研一『大前研一の新・国富論』(講談社、1986)、盛田昭夫/下村満子 『MADE IN JAPAN わが体験的国際戦略』(朝日新聞社、1987)、石ノ森章太郎『マンガ日本経済入門』(日本経済新聞社、1986-1988)、牧野昇『牧野昇の逆説日本産業論』(東洋経済新報社、1987)、邱永漢『株が本命』(実業之日本社、1988)、長谷川慶太郎『日本の時代 90年代を読む』(東洋経済新報社、1988)、等々。

もちろん例外はありますが、概していえばこの時期の「ビジネス書」とは、経済や経営あるいは「財テク」などを俯瞰的な視点から論じ、展望しようとする書籍が中心だったといえます。タイトルに「日本」という言葉がしばしば入っていることを考えると、当時の空前の好況のなかで、「日本経済の素晴らしい特性」を嬉々として語ることができた時代、また読者にとってもそれらを嬉々として読むことができた時代だったといえるかもしれません。

経済・経営書がビジネス書の中心であるという傾向は1990年代に入ってもある程度継続します。いわゆるバブル崩壊後に状況認識は180度転換するのですが、たとえば大前研一/田原総一朗『「激論」日本大改造案 いま、平成維新のときだ』(徳間書店、1992)、堺屋太一『危機を活かす』(講談社、1993)などのように、不況をやはり俯瞰的な視点から論じ、展望しようとする経済・経営書がビジネス部門ランキングの上位を占めていました。

こうした傾向は1990年代半ば頃から変わり始めます。春山茂雄『脳内革命 脳から出るホルモンが生き方を変える』(サンマーク出版、1995)の大ヒットを受けて、七田眞『超右脳革命 人生が思いどおりになる成功法則』(総合法令出版、1996)、船井幸雄『百匹目の猿 「思い」が世界を変える』(サンマーク出版、1996)などの関連書籍がビジネス部門に登場するようになるのです。『脳内革命』の出版された1995年は阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件が起こった年でした。被災者の「心のケア」が重要視され、またオウム真理教が用いた「洗脳」「マインドコントロール」の技術が数多く報道された時期、つまり人間の「心」への社会的注目が高まった時期でもありました。

『脳内革命 脳から出るホルモンが生き方を変える』
  春山茂雄著/サンマーク出版/1995年

『超右脳革命 人生が思いどおりになる成功法則』
 七田眞著/総合法令出版/1996年

『百匹目の猿 「思い」が世界を変える』
 船井幸雄著/サンマーク出版/1996年

『脳内革命』とその類書には毀誉褒貶が種々あるかと思いますが、いずれにせよ、経済・経営ではなく「自分を変える」ことを主目的とした書籍がビジネス部門のランキングに登場するようになった点がここでは重要です。ビジネス部門への振り分け基準もまた明確なものではありませんが、それでも、これまでとは違う毛色の書籍が「売れているビジネス書」として認知されるようになったことにここでは注目したいわけです。