東大医学部には医学に興味のない学生がいっぱいいた
【藻谷】日本のいろいろな地域の親、特にお母さんたちと話していて、いちばん認識が時代遅れだと感じているのは教育の話です。東大医学部で、偏差値だけは高い困った学生といっぱい向き合ってきた養老先生が、どういう認識でおられるかなんていうことに、彼らは興味はない。それこそ入学と同時に卒業証書を持って帰ってきたら、そんな親御さんたちは大喜びで、「東大に行ってよかった」なんて言うのでしょうね。
【養老】大学で新たに医学を学ぶモチベーションがなくても、偏差値が高かったからというだけで入学してくる学生はいっぱいいますから。
【藻谷】偏差値が高いだけで、大学で学ぶモチベーションがなければ、大学に来る意味はないはず。なのに日本の教育は、そういう生徒を「優秀」として選抜してしまう。自分がそうだったのを棚に上げて言いますが、これでは本末転倒ですね。
【養老】そうです。
【藻谷】入試の時点でモチベーションがなくて、あとから急に湧いてくる人もいますが、それが専門課程に進学する時点だとは全く限らない。
【養老】そういう人はその時に勉強を始めればいい。
【藻谷】そうですよね。僕は、子供をいい大学に行かせようと言っている親には「そうではなく、あなたが行けばいいのに」と言っています。いま、あなたがそういう気になったのならあなたが勉強すればいい。実際に、いわゆる「いい大学」にも、社会人入学のコースはいろいろありますから。
「みんなで考える教育」に対する違和感
【藻谷】まあそうはいっても、子供に幼いころから受験をさせて、学歴エリートにしようとする親御さんは、エリートになるとよほどいいことがあると信じているのでしょう。いや、エリートになれないとよほど損すると信じているのかな。
そう言っている本人には、よほど損したという自覚があるのでしょうか。よく成功した芸能人が子供にお受験させるという話がありますが、年間数千人も卒業する東大生の中で、その芸能人ほど成功する人が何%いると思っているのでしょうか。
日本のどこかの「エリート校」でも行われているという「エリート教育」とは、いったい何なのでしょう。西洋でエリートと言えば「自分で考えて判断し、自分の責任で行動する人」だと思いますが、日本もそういう人を教育しようとしていると、言っている人もいますね。
【養老】それは嘘ですよ、全部違います。私はさきほどお話しした、髙橋秀実さんの『道徳教育』(ポプラ社)をみんなに薦めていますが、彼は、戦後の日本の教育――特に道徳教育は「みんなで考えましょう」というフレーズがよく出てくると書いています。
小さいときから「みんなで考えましょう」とやってきました。でも、どうやってみんなで考えるのでしょうか(笑)。僕は「考える」というのは一人でやることだと思っていますから、「みんなで考えましょう」には引っかかります。

