※本稿は、豊島晋作『ウクライナ戦争は世界をどう変えたか 「独裁者の論理」と試される「日本の論理」』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
「実力」をまるで発揮できていない
もともとロシアは、サイバーセキュリティの世界ではレベルが高いことで知られていた。IT人材が豊富で、サイバー空間での存在感も大きい。特に他国への攻撃では、非常に先端的な技術を駆使している様子が散見されてきた。
ところが今回の侵攻に関しては、その実力を全くと言っていいほど発揮できていない。実際の戦闘でも苦戦が伝えられるロシア軍だが、サイバー空間でも目立った成果を挙げていないのだ。
ロシア側が以前からウクライナのネットワーク上にマルウェアのような破壊プログラムを送り込み、潜ませていたことは間違いない。開戦と前後してそれを稼働させ、ウクライナ国内を混乱させるとの観測もあったが、結局そのようなことは起こらなかった。
ロシアはなぜサイバー戦でも苦戦しているのか?
想定された混乱の一つが、ウクライナの鉄道システムへの攻撃だ。以前からの噂どおり開戦前後に実行されたようだが、鉄道システムは破壊されず、大きな混乱も起きなかった。避難民の輸送にウクライナの鉄道が使われたことはよく知られているが、送り込まれた破壊型プログラムをウクライナ側が解析するなどして防衛したと考えられている。
逆に今回はウクライナ側のサイバー部隊あるいは、ウクライナに味方するハッカー集団の攻撃に注目が集まった。ロシア政府の支援を受けるロシア人著名ハッカーやニュースキャスターの個人情報、メールのやりとりなどが、ネット上に数十テラバイトという規模で大量流出したり、ロシア軍の装備品をベラルーシ経由で運ぶ貨物列車が遅れたりするなどの事態が発生している。
なぜ、サイバー戦については高度な技術を持つはずのロシアが、今回苦労しているのか。それはサイバーセキュリティ業界でも謎とされている。ただ意外なことに、第一に考えられている要因はロシアの“慢心”だ。