名古屋人はきしめんになじみがない

失礼を承知で尋ねてみました。

「“名古屋で最もおいしいきしめん”を目指しているのでしょうか?」
「いえ、そういうわけではありません。低価格でよりスピーディーに。その条件の中で、最大限おいしいきしめんを目指しています!」

利用者のほとんどは乗車前のわずかな時間に立ち寄る人。リーズナブルさとクイックサービスが何より優先度が高く、その中で可能な限りのおいしさを追求していると、てらいなく答えてくれました。

では、旅行者や出張族はさておき、なぜ地元の人にもこんなにウケるのか?

「こう言っては何ですが、名古屋の人は普段あまりきしめんになじみがないと感じます」と桑原さん。

大阪出身で2013(平成25)年に転勤で名古屋へ来た桑原さんは、赴任当時、意外な思いをしたと言います。

「名古屋の人に“家できしめん食べるんですか?”と聞くと、大半の人が“うどん”と答えるんです」

この指摘は的を射ていて、名古屋では長らく深刻な“きしめん離れ”が進んでいました。

乾麺の生産量は減少の一途、市内のうどん店からは「ひどい時は一日に一杯も出ない日もあった。打つのが馬鹿らしくなるくらいだよ」という声も聞こえてきたほどです。

つまり、名古屋の人も、きしめん経験値は県外の人とほとんど変わりがなく、それゆえ立ち食いのきしめんに旅行者と同様に「うまい!」と感動するというわけです。

旅行者が駅の立ち食いで「きしめんはうまい」と思ってくれるのは、名古屋人にとってもうれしいこと。しかし、名古屋人が彼らと同じように「これが一番!」と舌鼓を打っているのはちょっとさびしく感じます。

地元うどん店が語る「犯人」

先ほど、名古屋では「きしめん離れ」が深刻だと書きました。事実、乾麺の生産量は長らく減少傾向が続き、市内のうどん店からも「注文が入らない」という声は数多く耳にしました。

あまりに不人気だったため、ここ10~20年の間にメニューから外してしまった、という声もいくつかの店から聞きました。

近年、この低落傾向にあったことはまぎれもない事実です。しかし、2010年代後半になると長年の右肩下がりに歯止めがかかり、復権の兆しがはっきりと見られるようになってきました。

なぜきしめんは食べられなくなってしまっていたのでしょう?

餅の入った力きしめん。新幹線名古屋駅ホームにて。
餅の入った力きしめん。新幹線名古屋駅ホームにて。(写真=小太刀/CC-BY-SA-3.0-migrated/Wikimedia Commons

「私らうどん屋の責任でもあるんです」と言うのは名古屋屈指の老舗である1897(明治30)年創業の「手打麺舗丸一」の清水恒彰さん。

かつて、自分たちがお客さんに本当においしいきしめんを提供してこなかったことに原因がある、というのです。