「プーチンに時間を費やして後悔はないか」との質問に…

安倍氏は亡くなる1カ月半前、英誌『エコノミスト』(5月26日付)のインタビューに応じ、「プーチンに政治資産と時間を費やしたことを後悔していないか」との質問にこう答えた。

「後悔はまったくない。私は常々、北方の脅威を減らし、南西部の戦力を強化すべきだという考えを持っている」
「私はロシアと平和条約を結び、北方4島の問題を解決するために交渉することが義務と考えた」
「今、ロシア人は北方領土の日本への返還に圧倒的に反対している。このような状況では、ロシアの指導者が国内で強力な権力基盤を持たなければ、領土問題を解決するのは困難だ。私はプーチンが適任だと考えた。日本との平和条約締結の中長期的なメリットを理解してくれると信じていた」
「しかし、残念ながら、プーチンといえども、絶対的な権力を持っているわけではないし、1人ですべてを決めることはできない。強い反対を前に、躊躇していたのだと思う」

感情的な弔電を送ったプーチンの胸の内

安倍氏は退任時の会見で、平和条約交渉が挫折したことを「痛恨の極み」と述べたが、交渉の細部は語っていなかった。英誌への発言には、交渉失敗を取りつくろう「後付け」の要素もありそうだ。

なぜ「4島」を放棄したのか、「2島」で勝算があったのか、「2島」を提示した2018年11月のシンガポール会談でどのようなやりとりがあったのか。安倍・プーチン交渉には多くの謎が残っている。

岸田首相はロシアのウクライナ侵攻を「許されざる暴挙」と非難し、欧米諸国と連携して厳しい対露制裁を発動し、安倍融和路線を撤回した。北方領土問題でも、「ロシアの違法占拠」を非難し、4島返還に戻す姿勢を打ち出した。

岸田首相が6月、国会で北方4島の返還を目指す考えを明言すると、安倍氏は周囲に、「(4島返還と)言って返ってくるなら、みんな言う」と漏らしたという(北海道新聞、7月9日付)。岸田首相が安倍路線を簡単に撤回したことに、安倍氏は不満だったようだ。

安倍氏があれほど尽力した日露交渉も見果てぬ夢に終わった。プーチン大統領の弔電が、外交儀礼を超えてやや感情的だったのは、安倍氏の好意に報いなかった気まずさが感じとれる。