「12年は恐ろしい年になるかもしれない」

11年末に行われたインタビューで、小林喜光は顔を曇らせた。

欧州の深刻な金融不安が世界経済に暗い影を落とし、実体経済にも大きな影響を及ぼし始めている。

「石油化学系企業の落ち込みは激しく、エチレンの稼働率も80%台と厳しい状況が続いている。このままだと経営がおかしくなる企業も出てくるだろう」

ケミカルHDの12年3月期の営業利益は、見通しベースで前年度比12%減の2000億円だが、この数字も欧州次第ではさらに悪化する可能性がある。

と、小林は断言する。このように“慢性疾患”と評する欧州の状況だが、ケミカルHDも逃れることはできない。

経営計画で掲げる16年3月期に、営業利益4000億円を達成するためには、既存の事業を成長させるだけでなく、M&Aや、リチウムイオン電池の部材など新規事業の収益化が問題になってくる。

小林は、次世代を担うものとして、(1)有機太陽電池、(2)リチウムイオン電池の部材、(3)LED(発光ダイオード)を「新エネルギー3種の神器」と位置づける。たとえば電気自動車、携帯電話、パソコンなどに不可欠なリチウムイオン電池は、「正極」「負極」「セパレータ」「電解液」の4分野で成り立っているが、それらすべての部材を持つのは、三菱化学だけだ。

三菱化学執行役員で、電池本部本部長の城阪欣幸は、「リチウムイオン電池に、必要な材料を提供する立場に徹する」と言う。自社だけで商品を開発することも可能だが、製品メーカーではなく、“材料の供給側”に徹することで、より多くのメーカーと取引したいと考えている。

城阪は、米国バーベイタムに籍を置き、シンガポールにある三菱化学の子会社社長として駐在した経験を持っているが、「おまえに電池を任せた」という小林の一声で、電池本部の最前線に立った。

そして「正極」は触媒系、「負極」は炭素系、「電解液」は機能化学、「セパレータ」は樹脂と、ケミカルHDの中で、ばらばらに開発・製造されていたものを、今後は電池本部が統括し、効率化と収益化を実現しようとしている。

今、城阪は自分に与えられたミッションの大きさをひしひしと感じている。小林からも、「自分たちで稼いでいく、という意識をもっと強く持て」と頻繁に言葉を投げかけられている。リチウムイオン電池市場がどこまで拡大していくのかが、ケミカルHDの命運を握っている。