「あちこちに釣り糸を垂らしている」
城阪と同様に、小林から、「もっと早くならないのか」と言われているのが、三菱化学の執行役員でOPV(有機薄膜太陽電池)事業推進室室長の星島時太郎である。
OPV事業推進室は、「次世代の太陽電池」を創造する任務を担うが、星島には熾烈な競争の太陽電池事業に参入し、市場を開拓する使命が課せられている。
ケミカルHDが開発・販売を試みる有機太陽電池は、今までのものとはまったく異なるものだ。通常、太陽電池は、家やビルの屋上などに取り付けられているが、ケミカルHDが開発した太陽電池は、“塗料”のように薄く塗り付けられた電池が発電する仕組みだ。
だから自動車のボディ全体に塗ったり、ビルの壁面や日差しの強いリビングの壁に設置し、発電することができるのだ。星島は、この太陽電池について「圧倒的な競争力を持つ商品ですので、絶対に安売りはしません。他社に真似できないものを開発できると思います」と語るが、太陽電池で先行したシャープなど、赤字に転落する会社が相次ぐ熾烈な競争の中、商品を一刻も早く完成させて、市場に投入できるかが問われている。
現在、ケミカルHDの売上高は、約3兆2000億円。小林は常々、会社規模のさらなる拡大を説いている。世界のトップを走る独BASF、米ダウなどと比べると、ケミカルHDの売り上げ規模は、まだ世界6位にすぎない。
今後、必要なのは、日本、世界を巻き込んだM&Aだが、小林もその意欲を隠そうとしない。小林独特の言い方で、「あちこちに釣り糸を垂らしている」と表現するが、小林にとって切実な思いが、この言葉の裏には込められている。
ここ数年、円高の恩恵を受けて、日本企業の海外企業の買収は、激増している。だが、懸念材料は、欧州の危機に端を発する世界経済の急減速で、もはや円高が有利だとはいえない危険水域にきている。
小林は、自社の事業の先行きに目を凝らす。人事で組織を揺さぶり、活性化を促し続ける小林の智と情念に陰りはない。小林が描く材料メーカーが生き残る道は、日本が進むべき道と重なって見える。小林の一挙手一投足から目が離せない。
(文中敬称略)
※すべて雑誌掲載当時